生成AI時代に求められる人材と導入成功のカギ

AI人材の不足は、AIの導入を図る企業にとって大きな課題です。本記事では主に、生成AIが発達した今の時代に求められるAI人材像について、資質や育成などの観点から解説します。さらに、AIプロジェクトの体制や工程、データ品質のポイント、AIプロジェクトをPoCで終わらせないための進め方などを、講演者自身の経験を交えつつ紹介します。
【講演者】
【目次】
よくあるAIプロジェクトの体制では失敗しがち
多くの企業がAIの効果的なビジネス活用を望むなか、AI人材の不足が課題となっています。2019年に経済産業省が発表したIT人材需要の調査によれば、2030年には最大12.4万人のAI人材が不足すると懸念されています※。
※出典:経済産業省「IT人材需給に関する調査」(2019年)
同調査ではAI人材として、「数理モデルについての研究者」「ソフトウェアやシステム開発者」「AIを活用した製品・サービスの企画・販売者」の3種類を定義しています。ただ、それぞれ必要なスキルは全く異なります。では実際はどのAI人材が不足し、AI導入成功のために真に必要になるのはどのようなAI人材なのでしょうか。
よくあるAIプロジェクトの体制では、開発時は機械学習モデルを開発するAIエンジニア、システムに組み込むソフトウェアエンジニア、業務・サービスに取り入れて活用するAI活用部門の3者で実施します。運用時はAI活用部門が中心となり、保守・運用はシステムエンジニアが担います。そしてAIエンジニアとソフトウェアエンジニアは運用のプロジェクトからは離れます。
一見うまくいきそうな体制ですが、AI導入に失敗する光景が多々見られます。その要因は開発時にも運用時にもあります。
開発時は通常、最初にAIエンジニアがAI活用部門に要望をヒアリングします。しかし、実際の業務・サービスの内容やAI開発に最も重要なデータは非常に複雑なケースが多く、AIエンジニアが100%理解することは困難であり、モデル開発を一部想像で進めがちです。
さらには共通言語で会話できず、コミュニケーション不足も生じます。たとえば、AIエンジニアが「テストデータにおけるPrecision(適合率)が80%」とはっきり伝えても、AI活用部門はPrecisionをよく理解しておらず、「実際に使った時の精度が80%かな?」と想像しながら承諾します。その結果、開発後にAI活用部門に渡った時点で初めて認識の齟齬が発覚します。
運用時の失敗要因ですが、AIはその特性上、使い続けると必ず精度が低下します。システムエンジニアはAIのプロフェッショナルではないので、AIの観点で保守・運用を行えず、精度低下になかなか気づけないものです。運よく気づけても、AIエンジニアはもういないので、適切なタイミングでモデルを再学習して、きちんと精度を保つことが困難です。この体制はこれらの要因から、AI導入に失敗してしまうのです。
業務に精通しAIの基礎知識も備えた人材が求められる
AIプロジェクトはモデル開発と組み込みが注目されがちですが、実はその前後に重要な工程がたくさん存在しています。
前の工程では、課題抽出と導入目的の明確化、費用対効果確認などを最初に実施します。次にどのようなモデルをどう使いたいのか、必要な精度はどの程度なのかなど、モデル設計を行います。使用可能なデータは何かなど、データの準備も必要です。後の工程では、モデルが業務・サービスで想定通り動いているのか、精度が落ちていて再学習が必要ないかなど、確認が欠かせません。
この前工程と後工程がポイントであり、これらがしっかりできて初めて、AIプロジェクトを成功に導けます。それができるのはやはりAIエンジニアではなく、AI導入先の業務・サービスや運用の現場に精通し、AIを活用すべき箇所を発見できる勘所を備えた人材です。
さらにはAIエンジニアと会話できるよう、AIの基礎的な知識を身に付けていることも不可欠です。AIの基礎的な知識とは、「詳細は不明だが何ができるのかはわかる状態」といった程度で十分です。具体的には以下です。
- 機械学習の概要
- 学習データ、検証データ、テストデータの違い
- Precision(適合率)、Recall(再現率)、Accuracy(正解率)という各精度指標の意味
機械学習の詳細な知識、プログラミングスキルは不要です。数学についても高度な知識不要です。精度の指標に単純な割り算と掛け算が登場するので、その程度で十分です。
以上がAI導入成功のために求められる人材像です。その育成には2つのパターンが考えられます。1つ目はAIエンジニアが業務・サービスの詳細な知見を身に付けるパターンです。2つ目はAI活用部門の担当者がAIの基礎的な知識を身に付けるパターンです。
前者のパターンでは、AIを活用したい業務・サービスは1つだけでなく多岐にわたるなか、AIエンジニアがすべての業務・サービスの詳細な知見を身に付けるのは非現実的です。後者のパターンなら、AIの基礎的な知識だけで済み、AI活用部門の担当者でも身に付けるのは容易なので、こちらがおすすめです。
AIの精度はデータの品質がすべて
前工程と後工程は大切ですが、それらをつないでモデルを開発して組み込む工程ももちろん重要です。最近はGUIで設定してモデルを作成できる仕組みが充実してきたので、AIエンジニアを確保できなくとも、開発しようと思えばできるのが現状です。
AIエンジニアがいなければ、開発と組み込みはできても、精度が心配になるかと思います。確かにプロジェクトの後半で、既に実用に耐えうるレベルの高さの精度が得られており、そこからさらに上げることは、AIエンジニアでなければ困難です。
一方、プロジェクトの初期にて、まずは実用に耐えうるレベルの高さの精度が欲しい段階なら、AIエンジニアでなくても対応できます。そのレベルの精度は、学習や検証に用いるデータの品質さえ確保できれば、AIエンジニアでなくても達成できます。AIの精度はデータの品質がすべてなのです。
データの品質について、もう少し詳しく解説しましょう。データの品質を一言で表すなら、「ラベルの境界を適切に定める」です。ラベルを付与するルールが明確で一貫しているデータが、品質のよいデータであるという意味です。
例として、ユーザーのアンケート結果があり、それらをポジティブなものとネガティブなものに分類をするAIを作って業務に活かしたいと仮定します。この場合、データはアンケート結果の文章、およびポジティブまたはネガティブの情報を人間が付与したラベルです。
品質のよいデータは、ポジティブとネガティブのラベルを付与するルールが一貫しています。たとえば、「使いやすくて大満足です」のような明らかに肯定的な内容にはポジティブ、「操作が複雑で使いづらい」のような明らかに否定的な内容にはネガティブを付与するのは大前提です。
判断が難しいのは、「サービスは良いが価格が少し高い」のように、肯定的な内容と否定的な内容が同居している内容ですが、ここでは例として、"同居しているならポジティブを付与する"という一貫したルールを決めて設けています。このようにラベルの境界を適切に定めたうえで、ラベルが付与されたものが品質のよいデータです。
一方、品質の悪いデータだと、一貫したルールがなくラベルを付与しています。たとえば、肯定的な内容と否定的な内容が同居している内容が2つあったら、片方にポジティブ、もう片方にネガティブを付けてしまうケースです。もちろん、明らかに誤ったラベルや存在しないラベルを付与したものも品質の悪いデータです。
また、AI/機械学習による分類はイメージとして、散布図のようにプロットしたデータに境界線を見つけ出して引くことです。品質のよいデータなら、しっかりとした境界線が見つけられ、高い精度が得られます。品質の悪いデータでは、曖昧な境界線しか見つけられず、精度が低くなってしまいます。
そして、業務・サービスにAIを活用するなら、データを生み出すのはAI活用部門の担当者です。よって、品質のよいデータを用意できるかどうかは、AI活用部門の担当者が担う部分が大きいのです。
生成AIの人材には言語化能力が重要
近年は生成AIが急速に発達し、いかに業務に役立てるかが問われます。今の生成AI時代こそ、非AIエンジニアであるAI活用部門の担当者がよりAI人材として重宝されます。その大きな理由は、生成AIはユーザーがやりたいことを自然言語で指示できることです。従来のAIはやりたいことに合わせて開発が必要でしたが、生成AIなら不要です。よって、AIに適切な指示を出して効率的に扱うスキルは、プログラミング能力ではなく言語化能力になるのです。
言語化能力に加え、データを適切に取り扱える論理的思考、AIの導入箇所や出力結果の正しさを適切に判断できる能力も必要です。これら3つの能力は、業務・サービスを熟知したAI活用部門の担当者の方がより習熟しやすいでしょう。
最後に、AI導入をPoCで終わらせないためのポイントをお話します。まずは体制についてです。開発時はAI活用部門からAI人材を輩出し、プロジェクトの中心に据えることが肝要です。その人がAI活用部門のメンバーやAIエンジニアと適切なコミュニケーションをとることで、本当に欲しいAIを開発することができます。
この体制は運用時にも効力を発揮します。運用の主体がAI活用部門自身になるので、定常的な精度の確認・向上やデータの整備・品質維持を継続していけます。
AI活用部門内でのAI人材育成も重要です。言語化能力や論理的思考に長けた人を選び、AIの基礎的な知識を学んでもらいます。先述の通り、それほど高度な知識は必要ありません。独り立ちできたら、あとは経験を積むたびに、知識が定着していくでしょう。そして、その人材がさらに他の人材を同様に育成するというサイクルを回すことで、AI人材が増えていきます。
あわせて、AI開発の前には以下の4項目を明確化しておくことも、PoCで終わらせないために欠かせません。
- 費用対効果の算出
- 要求精度の実現度
- 実業務への組み込み方
- 運用時の体制とモデル精度維持方法
これらはいずれも、業務の知識とAIの基礎的な知識の両方が必要です。その意味でも、AI人材の育成はAIプロジェクト成功の秘訣と言えます。
本日お話したAI人材がいれば、AI導入の成功率は非常に上がると考えています。ぜひともAI活用部門内で育成し、AIプロジェクトプロジェクトの中心に据えていただければと思います。