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AIで創薬を革新 DX加速の特効薬となるスパコンコミュニティ「Tokyo-1」

AIで創薬を革新 DX加速の特効薬となるスパコンコミュニティ「Tokyo-1」

 新薬開発を軸とした製薬産業は日本が誇る産業の一つですが、近年は競争力の低下が指摘されています。一方、欧米ではGAFAMをはじめとしたテック企業も参入し、AIドリブンな創薬活動や、それら技術から生まれた新薬候補も臨床試験が進んでいます。

 そんななか、三井物産株式会社はAI創薬事業を展開する子会社のゼウレカ社を通じ、民間主導の創薬・医療研究におけるイノベーションハブ「Tokyo-1」を立ち上げました。本記事では、三井物産とマクニカが「Tokyo-1」を通じて目指す製薬・医療研究の未来について語り合います。

※:本記事は、20231112月開催の「MET2023」の講演を基に制作したものです。

【講演者】

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グローバルのAI及びAI創薬の状況

北島:今回は下記のアジェンダに沿って進めてまいりますが、その前に、阿部様より概要をご説明いただければと思います。

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阿部:私が所属しているICT事業本部では、事業の軸を「プラットフォーム」と「機能」の2つに分け、そのそれぞれに「産業向け」「消費者向け」があるという、四象限の形になっています。また、私のチームが活動しているヘルスケアDXの領域は、産業向けプラットフォーム型ビジネスとして、次世代型ビジネスに分類される領域となります。周知のとおり、日本の医療・製薬分野は、ITAIの活用で世界にかなり遅れをとっていると考えています。ITAIを活用してヘルスケア分野で次世代型のビジネスを構築することが、私たちの狙いです。

北島:実際には、どのような取り組みをされているのでしょうか。

阿部:一例としては、子どもをターゲットとしたオンライン診療予約のサービス「キッズドクター」の提供や、病院様向けの遠隔医療支援などが挙げられます。後者はMRICTの画像をお預かりして、弊社の関係会社が雇用している放射線科医が所見をつけて返す、遠隔読影と呼ばれるものです。

それ以外では、病院DXと称したソリューション提供を行っています。これは、新型コロナウイルス感染症の流行によって病院でITの活用やDXの検討が漸く盛んになったことが開始の背景です。従来は医師向けのシステムが多かったのですが、看護師や医療事務の方なども含め、病院全体のDXを図る動きが少しずつ出てきています。こうした取り組みを通じ、医療データを収集しています。

そして本セッションでご紹介するのが、製薬会社様に向けてAIを使った支援事業です。

北島:個人・病院・民間企業など、幅広くDXを推進されていますね。ここでAI創薬のキーポイントになるであろう、ゼウレカ社についてうかがえますでしょうか。

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阿部:ゼウレカは、202111月に設立した会社です。若い会社と思われるかもしれませんが、製薬会社様向けに創薬関係のソリューション開発や支援を40年間行ってきた、三井情報株式会社の人材や技術を受け継いでいることが特徴です。現在はAIを使った創薬支援を事業にしており、将来的には製薬会社様との共同研究も行っていきたいと考えています。

創薬の基礎研究領域と呼ばれる部分を事業領域として、創薬のターゲット発見や分析、リード化合物の探索・最適化を行っています。そして、ITAIといったDry技術を活用し、さまざまなプロセスを効率化することが、ゼウレカの目指すところです。また、同社はTokyo-1スパコンプロジェクトのオペレーションをする事業会社でもあります。

北島:なぜ、Dry技術にフォーカスした会社を立ち上げたのでしょうか。

阿部:やはり、日本の製薬産業においてITAIの活用がとにかく遅れているという点が大きいです。たとえば、日本の製薬会社様から新型コロナウイルス感染症のワクチンが出なかったことは社会の大きな懸念になりましたし、政府も日本の創薬力を如何に向上させるかとディスカッションをしている最中です。良い薬を早く日本で流通させるためには、やはりITAIの活用が不可欠です。私たちはそれらを積極的に活用し、ご支援をしていきたいと考えています。

グローバルのAI及びAI創薬の状況

北島:海外におけるAI活用は、どのような状況なのでしょうか。

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阿部:こちらにヘルスケア以外の分野も含めた、各国のAI研究論文数を示した2つのグラフがあります。まず左側は、AI研究の発表数における世界の順位を示しています。日本は1990年から2000年までは3位を維持していましたが、以降は徐々に低下し、直近では6位になっています。

そして右側は、国別の論文発表数を示しています。アメリカや中国は人口が日本よりも遥かに多いため、論文数が多いことにも納得できます。しかし、日本は自国よりも人口が少ないイギリスや韓国と比べても順位が下なのです。

北島:なぜ、AI研究で日本の競争力がここまで低下しているのでしょうか。

阿部:色々な要因があると思いますが、アカデミア部門に十分な予算が行き渡っていないことや、研究のために海外に行かれる先生方が多くいらっしゃることが挙げられます。また、アメリカでGPTが開発された経緯を見ていても分かるとおり、海外ではトライアンドエラーを認めながら、AIの開発を進めることにかなり積極的です。一方で、日本では石橋を叩いて渡る文化が研究を非活性化させてしまっているのかもしれません。

北島:グローバルでは、スタートアップも含めて創薬の分野で多くの企業が出てきています。実際、デジタル活用についてはいかがでしょうか。

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阿部:海外は日本と比べて、創薬研究にAIがかなり使われています。こちらのグラフにリストアップしている会社は製薬会社ではなく、ゼウレカのようにAIを使った創薬開発の支援を行っている会社なのですが、現在ではそれぞれが自社で薬の開発を行っています。棒グラフは創薬開発におけるパイプライン数で、青が早期の段階、それ以外の色がフェーズが進んでいることを示しています。既に、20製品以上が臨床試験に進んでいます。

北島:製薬会社だけではなく、創薬に特化したベンダーも出てきているのですね。それらの会社は、どのようなインフラをもってAI創薬を推進しているのでしょうか。

阿部:各社がすべてスーパーコンピュータの投資台数を発表しているわけではありませんが、海外では複数の先進的な製薬会社様が、NVIDIA社のGPU320基を使っているようです。また、AI創薬会社でも160320基と、かなりの台数にのぼります。

北島:海外でのGPU関連の動向について、私から補足します。こちらは、パブリック情報から引用してきたものです。

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上段の2つはGPUプラットフォーマーの動向のニュースで、AWS社やInflection AI社がクラスタへの投資に注力していることが分かります。その下は創薬関連の内容で、Recrursion社がBioHive-1というシステムをNVIDIA社のノードで構成したり、Johnson&Johnson社が1,000人以上のデータサイエンティストを採用し、AIの開発に注力したりしています。また、Evozye社がNVIDIA BioNeMoを使用し、タンパク質の生成AIモデルを開発したことも大きなニュースになりました。

阿部様、創薬をAIドリブンで進めていくことには具体的にどのような効果があるのかを、ご説明いただけますでしょうか。

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阿部:こちらは、Recursionが決算発表に用いたデータの一部です。一番左のグラフは、化合物の候補がいかに絞られるかを示しており、従来の方法では、100に対して51までしか絞れませんでした(紫)。ところがAIを使った方法だと、100に対して8となりました(青)。彼らはこの成果によって無駄な実験を省き、コストの削減や開発期間の短縮を図ったのです。

その右のグラフが示すのは、コスト的なメリットです。紫と青の部分を見比べると、治験が始まるまでの開発コストが従来に比べ、約40%ほどに抑えられたようです。また、さらに右のグラフでは開発期間がそれまでの30ヶ月から10ヶ月と、およそ3分の1になっていることが分かります。3年ほどかけて1つの薬を開発していたのが、AIを活用することで7倍のスピードで開発できるようになるわけですから、かなりの効率化ができていると言えます。

北島:通常だと数年かかるものがこれだけ短縮されれば、AIの注目度は高くなりそうです。

国内先進AI創薬プロジェクト「Tokyo-1」

北島:ここからは、Tokyo-1プロジェクトのお話に移ります。

阿部:私たちはTokyo-1を通じ、産業横断的なイノベーションを創薬を含むヘルスケア業界で構築していきたいと考えています。そして、そのなかで提供しようと考えているサービスが3つあります。1つ目は、NVIDIA社が製造している最先端のGPUスパコン。2つ目は、ハードと共に必要不可欠な最先端の創薬DXソリューション。3つ目は、最先端の情報コミュニティです。

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AI
を使った計算創薬は、各社様ともそれに長けた人材を十分に確保できていません。そのため、会社の枠を超えて業界で提携していきたいというお客様のご要望を受け、コミュニティを作っていこうと考えています。イノベーションハブの形成を目指しているのは、11社に個別対応では業界内での差が生まれたり、乗り遅れる会社様が多くなってしまう可能性があるからです。そのため、できれば業界全体の底上げを図りたいと私たちは考えています。

北島:非常に特徴的な3つのポイントです。日本でも大学や研究所がスパコンを保有していますが、それらの状況や違いを教えてください。

阿部:ChatGPTがブームになっている関係で需要が逼迫していることから、大手クラウド事業者様の空きは限定的です。国立大学には空きを民間に貸し出す仕組みがありますが、その場合は研究内容を公表する義務があります。製薬会社様はかなり秘匿性の高い研究を行っているため、利用のハードルは高いでしょう。

また、国としてもスパコンの環境が整備されていないことを非常に問題視しています。たとえば、経済産業省が行った半導体デジタル産業戦略検討会議では、次世代計算基盤を構築することで日本の国際競争力を高めることが日本の復活の鍵だとされました。さらに、「必要なときに必要な計算資源を利用できるインフラの存在が非常に重要であり、デジタルインフラの格差が命の格差につながる」という発言もあったほどです。

北島:オンデマンド利用できる専用のスパコンが必要という状況のなかで、Tokyo-1のスパコンの特徴は、どういったところにあるのでしょうか。

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阿部:Tokyo-1では、NVIDIA社のGPUスパコンの世界最先端モデル「NVIDIA DGX H100」を調達し、2種類のサーバーを提供予定です。1つ目のサーバーはお客様が専有するもので、ご自身で管理いただく必要はありません。製薬会社様のデータはパブリッククラウドにアップロードできないものが多いので、プライベートクラウド的にご利用いただける点にメリットを感じていただけると思います。

2つ目は、共有バーストサーバーです。たとえば、普段は12台のサーバーを利用しているものの、研究が佳境に達してくると、どうしても計算量が増え利用台数を増やさなくてはならなくなることがあります。そういった際に、共有サーバーを利用いただくというコンセプトです。

北島:世界中でGPUが取り合いになるなか、いち早くGPUのスパコンを導入されていることが競争力の確保につながると。さまざまなサーバーがあるなかで、NVIDIA DGX H100を導入した理由は何でしょうか。

阿部:この分野は技術革新が非常に早いので、一番高いスペックのサーバーを確保することを、製薬会社様との議論を経て決めました。また、NVIDIA様はハードウェアパッケージ・ソフトウェアプラットフォーム・AI開発ツールなどの強みをお持ちなので、そういった点の相性も最大限に鑑みたうえで選択しました。

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北島:ここで再び、私から補足します。NVIDIA DGX H100は従来のGPUに比べて演算性能が3倍になるとも言われており、トランスフォーマーエンジンを搭載していることが特徴のひとつです。これは生成AIのファンデーションモデルや、創薬でも使われる基盤モデルの演算方式です。それをハードウェアアクセラレーションする、アーキテクチャーが搭載されていることが、AIMLの分野に特化したGPUとして注目されています。

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また、NVIDIA DGX H100のシステムを購入すると、サーバーを入手できるだけでなく、「NVIDIA AI Enterprise」というソフトウェアプラットフォームを利用できます。こちらでは、NVIDIA社が各産業のアプリケーション向けに最適化したフレームワーク・事前学習モデルを提供しています。

さらに、運用のためのツールやインフラ最適化のドライバーソフトウェア群、エンタープライズレベルのアプリケーションサポートまでついてくるという、至れり尽くせりなパッケージとなっています。学習済みモデルには創薬で使われるものも含まれているので、お客様の方でスクラッチ開発をせず、強化学習形式での利用も可能です。

北島:次に、創薬DXソリューションやコミュニティサービスについてうかがいます。

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阿部:こちらは製薬会社様に「どのようなソリューションが欲しいですか?」とヒアリングし、その内容を4つのカテゴリに分けたものです。

まず左上のシミュレーションの大規模化には、注目を集めているMD(分子動力学)やFEP(自由エネルギーの摂動法によるシミュレーション)などが挙げられます。また、GPUを活用すればドッキングのシミュレーションを短期間で大量に行えるため、現在検討を進めています。

右上のAIによる大規模学習は、近年大きな注目を集めており、大規模言語学習による生成モデルを今後積極的に活用していく予定です。既にソリューション化しているものに、タンパク質の構造予測モデルや物性等各種予測モデルがあります。

また、創薬研究のコアではありませんが、2つのソリューションがあります。その1つ目が、左下の画像解析です。病理画像や、Single Cell画像を解析するAIを提供予定です。

最後は、右下のAIによる機器データの高精度化です。この中に挙げているのは、Cryo-EMNGSMSデータなどです。皆さまの方でも色々なデータを貯められていると思いますが、ノイズにお困りの方もおられるはずなので、それをクレンジングするソリューションを提供したいと考えています。ただ、そうしたソリューションはゼウレカだけですべて開発・提供できるものではありませんので、国内外の振興AI企業を積極的に発掘し、Tokyo-1に実装していきます。

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こちらの先端ワークショップは、製薬会社様からの期待が一番大きい分野となります。Tokyo-1メンバー間での意見交換や知見共有、海外の動向把握などを行うことで、AIを活用した活動改善や、各社様の戦略策定に非常に役立つことでしょう。

北島:各種コンソーシアムとの活動は一般的にも行われているものですが、Tokyo-1の共同検証や開発には、どういった特徴がありますか。

阿部:まず、民間主導であることが1つのアピールポイントです。また、このコミュニティはAIシミュレーションなどの新しい技術の活用にコミットいただける企業様の集まりになりますので、開発・検証において大きなメリットを得られると思います。

先ほどご説明したコミュニティでは、既に参画を決めていただいている企業様にディスカッションしていただき、共同検証のテーマを20設定しています。その後、具体的にどのようなテーマを追求するかをさらに検討し、最終的に43の個別テーマが出てきました。これらについて、2023年の10月から2つのテーマについて共同検証を進めています。

ソリューションについては、国内外の10社強と提携の協議をしています。その一例としては、抗腫瘍薬の投薬判断支援AIQMの高速DFT計算・探索研究での細胞の評価や分化判定向けの画像系ソリューションなどが挙げられます。ここは毎月、12社をTokyo-1のお客様にご紹介していきたいと考えています。

三井物産 × マクニカの取り組み

北島:ここまでは三井物産様におけるヘルスケアの取り組みや、Tokyo-1の特徴をご説明いただきましたが、弊社との取り組みについてもご紹介します。最先端スパコン・ソリューション・コミュニティの提供を通じ、お客様の創薬DXを支援するTokyo-1に対し、マクニカはNVIDIA社のソリューションを無償でトライアルできる「AI TRY NOW PROGRAM」という環境を提供しています。

やはりお客様のなかには、すぐに本番導入できないがためにまずお試しをしたいという方もいらっしゃいます。そこで、弊社がNVIDIA DGX H100を試せる環境を用意することで、実証実験を行ったうえで本番導入を進めていただく。このようなかたちで、コラボができるのではないかと思っています。

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AI TRY NOW PROGRAM
には、Tokyo-1に近いかたちのハードおよびソフトウェアのアプリケーションプラットフォームをご用意しています。このプログラムは当初、Nvidia AI Enterprizeや、NVIDIA Omniverseというデジタルツインのプラットフォームをサポートしていたのですが、今回の共創活動にあたり、ヘルスケア分野のAIスタートアップソリューションに順次対応している最中です。そのひとつとして挙げられるのが、20236月に発表したbiomy社とのプログラムです。今後はこのエコシステムパートナーを増やし、AI TRY NOW PROGRAMでサポートしていきたいと考えています。

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阿部:お客様からは「まず使ってみたい」というお声を多くいただきますね。多くのソリューションを紹介していこうと思っていますが、やはり使わないと性能が分かりませんので、マクニカ様との取り組みは本当にありがたく感じています。

北島:ありがとうございます。今後はエコシステムが重要な位置づけになり、LLMOPSと呼ばれる機械学習における可視化・開発環境の充実・GPTを効率的に利用するためのソリューションも必要になってくるでしょう。弊社としてはそういった点をサポートさせていただき、創薬AIの社会実装を後押しできればと思います。

阿部:本日は製薬会社様向けの取り組みをご説明しましたが、今後は医療関連のソリューションも広げていきたいと思います。国内製薬会社様、医療機器のメーカー様には、ぜひTokyo-1に参画いただければと思いますので、よろしくお願いいたします。