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コンテナで護る幻のわさび~共創による食料生産のイノベーション~

コンテナで護る幻のわさび~共創による食料生産のイノベーション~

 昨今では海外の日本食レストランの増加とともに、日本食の代表格である「わさび」の需要が高まっています。ところが、わさびの栽培には、限られた地域での生産・自然災害の影響・高齢化による人手不足などの課題があり、供給が追いついていないのが現状です。本記事では、こうした課題を克服するための環境制御型農業のイノベーションに焦点を当て、コンテナを使用したわさびの安定生産やDX化についての共創事例を紹介します。

※:本記事は、20231112月開催の「MET2023」の講演を基に制作したものです。


【講演者】

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目次

厳しい環境に置かれた、わさび栽培の現実

小松:最初に、今回のテーマに深く関わる環境制御型農業の概要と必要性について、私から説明いたします。まずお伝えしたいのが、2030年の世界における飲食料市場規模は、2015年の1.5倍になると言われていることです。これは、世界人口が右肩上がりに増加し続けていることと関係があります。生産量を増やして対策したいところですが、そもそも土地や水は有限であり、さらに地球温暖化や台風など気候の影響によって、従来は栽培できていた環境で作物が育てられなくなっています。

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また、日本の農業には「人手・後継者不足」「ノウハウの属人化」「生産コストの増加」などの課題もあります。令和2年(2020年)時点で、日本の農業従事者の70%は65歳以上です。現役で働かれている方も多いものの、今後は後継者不足が顕著になることが予想されます。

こうした課題の解決に期待されているのが、センサー・AI・ロボティクスなどを活用した環境制御型農業です。環境制御型農業では、まずセンサーで空間温度や湿度、作物の情報をデータ化し、それをAIで解析します。そこから効率的な栽培方法を編み出し、収穫をロボットで行うなどのオートメーション化ができます。

ここからは、わさび栽培を現役で行われている望月さんに、農業の現況などをうかがっていきます。望月さん、わさび栽培は自然災害の影響を受けやすいとのことですが、実際にはいかがでしょうか。

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望月:
わさびは自然の中で栽培を行うのですが、植え付けから収穫までに1年以上を要するため、台風・猛暑・大雨などの災害は避けられません。大変な思いをしながらも先を見据えて取り組んではいますが、やはり思うようにいかないところもあります。

小松:栽培のための棚田が壊れてしまい、復旧に追われることもあるそうですね。

望月:はい。昭和57年には今まで経験したことのないような豪雨の影響で、私の周囲も含めて大きな被害を被りました。その後も23年は収穫が遅れていましたが、わさび栽培発祥の地を少しでも護れる環境づくりのため、河川の整備などで行政の方にご協力いただいたこともあります。

小松:最近では台風などによる被害がニュースでもよく報道されており、農業の環境が厳しさを増している印象を受けます。続いて、わさびの需要やトレンドについてうかがえますでしょうか。

望月:わさびの需要は年々、増えています。高級店で出されるようなわさびは一般的に販売されているわさびとはまったく別物で、それらを使った食事・調理が行われる機会は非常に少ないです。その上質さから、実際に口にした方はファンになる傾向があり、海外での需要が大きく伸びています。しかし、国内では特に高齢者の方が条件の悪さゆえに栽培から離れており、需要に対して供給が追いつかない状況になっています。

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至高の品種「真妻わさび」を救う、コンテナ型植物工場

小松:昨今のわさび栽培では、先述のような課題解決のために、わさび田の保全や環境に左右されない生産が行われています。中村さん、今回は後者についての説明をお願いします。

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中村:環境に左右されない生産とは、屋内の閉鎖環境でわさびを作ることです。わさびの供給が追いついていない現状に対し、栽培方法の選択肢を1つ追加することで、生産者ならびに生産量が増えると考えています。

小松:栽培には、コンテナ型の植物工場を使っていますよね。こちらはどういったものでしょうか。

中村:40フィートの大型コンテナに棚とソフトウェアを搭載し、誰もが明日からわさび栽培ができるようにしました。一見ハードウェア的なイメージを抱かれると思いますが、これは完全にソフトウェアのビジネスであり、わさびがもっとも育ちやすい条件や特徴を理解しての活用が大事です。この中で必要な環境データを入手しつつ、ベストな状態で安定的な栽培を行えば、必要な期間を短縮でき、リスクを減らせます。成長を管理するソリューションを組み込んでいることが、大きな特徴だと言えますね。

小松:ここで生産しているのは、真妻わさびという品種です。望月さん、このわさびについて詳しくお話いただけますでしょうか。

望月:真妻わさびは生産者からしても憧れの対象で、私たちが出会ったのは50年あまり前でした。和歌山県の真妻村が原産であり、その村の名前が由来になっています。特に料亭やお寿司屋さんなど、老舗のお店に広く知られています。

通常、真妻わさびは自然の中での生育に約2年を要します。暑さが最大の天敵なので、2回夏を越すだけでも厳しいうえに、台風や水不足といった環境の影響も大きく受けます。生産者のリスクが大きいこともあり、私は256年前に生産から手を引き、その後はこのわさびの長所をもった品種を独自に開発しています。しかし、やはり風味・色・香りの三拍子が揃った至高の品種であるため、現在でも私にとっての目標です。

NEXTAGE×マクニカの共創ステップ

フェーズ1:探索

小松:コンテナでの栽培が、ご説明いただいたような課題感に非常にフィットしているものだと理解できました。続いてはNEXTAGE様とマクニカによる、コンテナ型わさび植物工場の共創ステップに迫っていきたいと思います。フェーズ1の「探索」では「サイバー×フィジカル×パッションで事業立ち上げ」が行われたとのことですが、千賀さん、なぜ社会課題解決のビジネスコンテストをマクニカが実施したのでしょうか。

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千賀:マクニカといえば、半導体やサイバーセキュリティなどを取り扱う商社のイメージが、一般的には強いかと思います。一方で、「ソフトウェアとハードウェアの組み合わせによってさまざまな社会課題を解決し、2030年に向けて未来社会の発展に貢献してゆく」という、長期経営構想を掲げています。

社会課題解決型のソリューション開発においては、半導体の分野で培ってきた「技術的付加価値を加え、お客様に提供する」というビジネスモデルをベースとしながらも、パートナー企業様と共に、新たなサービスの提供に挑戦したいと考えています。そのためには、各部署でさまざまな取り組みを行い、外部の力を借りることも必要です。そこで現場の社員からアイデアを募った結果、私の部門から植物工場のアイデアが出てきました。

小松:農業分野への参入を決めた理由は何だったのでしょうか。

千賀:理由は2つあります。1つ目は、マクニカが先ほど挙げた長期経営構想を掲げていることです。NEXTAGE様との協業で植物工場を展開することで、農業人口や環境などの問題を解決し、食料安定供給の構築を行うことが、ひとつの大きなテーマになっています。

2つ目は、技術的なバリューを世の中に提供できると考えたからです。マクニカには、半導体をベースに事業展開しているカンパニーがあります。そのカンパニーでは自動車やコンシューマー産業機の業界に対する拡販をしてきたのですが、あるときLEDを取り扱っているチームのメンバーが、「今後は農業やアグリテックにフォーカスを当てたい」と具体的なアイデアを出してきました。上位の方針とボトムアップがうまく融合した結果、新規事業が誕生したのです。

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小松:NEXTAGE様とは、どのような経緯で出会ったのでしょうか。

千賀:先ほど登場したLEDチームのメンバーに、過去にわさびの卸営業をしていた社員がいまして。その方が植物工場のビジネスプランを基にダイレクトコールを続けた結果、中村さんに繋がりました。わさびに対する熱い思いをもった者同士が出会い、そこから共創が始まったことは、まさに偶然の賜物でした。

中村:本当に熱い方で、初めてのやり取りのときから非常に印象的でした。短時間ではとてもまとまらず、3日後には会議を設定してお互いに何ができるかを棚卸ししたりと、どんどん具体的に話が進んでいきました。私たちのようなスタートアップにはなかなかこういった機会がないので、よい企業様に出会えたなと思いました。

千賀:わさびは日本の食文化の一要素として、とても価値が高いものだと思っています。世界的にも受け入れられていますし、わさびを堪能できるお蕎麦やお寿司などを楽しみに日本に来られる方もいらっしゃるほどですから。

中村:安定栽培によって選択肢を増やすこと以外に、「世界においしいものを届けたい」という思いが私たちにはあります。コンテナ型植物工場を適材適所に配置し、日本原産のおいしいわさびを伝えることに貢献できれば、嬉しく思います。

フェーズ2:業務提携

小松:続いて、フェーズ2の業務提携に移っていきます。NEXTAGE様との資本業務提携が始まったのは、2023年の2月でした。

千賀:そうですね。資本業務提携では条件の都合で話がなかなか進まないこともありますが、NEXTAGE様の場合はトントン拍子に話が進みました。

中村:かなり早かったですね。熱量が高まっているうちにお互いの共感が連鎖することが大事だと私たちは考えているので、当時のスピード感は嬉しい点でした。

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小松:資本業務提携の締結後、長期ビジョンの共有はどのように行ったのでしょうか。

千賀:私たちはお互いに、別々の会社として共創しながら事業を進めていく立場なので、フェーズや方向性を合わせる必要があると考えました。そこで、わさびの栽培にゆかりのある伊豆の山奥に行き、数日のあいだ寝食を共にしながら議論を交わしました。そのおかげで、信頼関係がかなり深まったと思います。

中村:このご相談をいただいたことは予想外でしたが、とても嬉しく思いました。新しい情報の共有やインプットも多くあり、非常に素晴らしい機会になりました。

小松:ディスカッションは、どのような内容を?

千賀:私たちがPVV(パーパス・ビジョン・バリュー)と呼ぶ要素を交え、長期・短期のアクションや事業意義なども含めたビジネスプランを、どのように具体的に落とし込んでいくのかを徹底的に話し合いました。また、ロードマップを作成したうえで、フェーズを大きく3つに分けました。1.0は国内での整備~事業立ち上げ、2.0はアジアを中心とした海外への進出、3.0は世界展開という、壮大なビジネスプランになっています。

中村:マクニカ様が大事にされているパーパス経営の実務への落とし込みは、私とっても貴重な体験になりました。また、事業プランの弱点も一緒に考えてくださったことで、最終的には適切な形にできたと思います。国の話では、東南アジアだと括りが大きいので、そのあたりを明確にすることもディスカッションの目的のひとつでした。直近では、タイやシンガポールなどへの展開を考えています。

千賀:先日もシンガポールに一緒に出張させていただき、現地のマーケティングやサプライチェーンの構築などを研究してきました。お寿司屋さんにも行きましたが、日本のわさびの惹きは強かったですね。最終的には日本にとどまらず、グローバル商社のマクニカとして世界に展開していきたいと考えています。

小松:NEXTAGE様とマクニカの共創によって、どのようなシナジーが生まれるでしょうか?

千賀:まずマクニカとしては、今後サービス・ソリューションカンパニーを目指すうえで、新たな付加価値の提供に挑戦します。半導体LEDIC無線チップなどのフィジカルに、AIを活用した遠隔監視システムのサイバー。そこにNEXTAGEがお持ちの栽培モジュールやノウハウを融合し、ワンパッケージのソリューションに仕上げることで、私たちも貢献できると考えています。

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中村:技術領域の連携は、私たちが特に期待したい部分です。「コンテナの中にわさびの生育環境を作り、スマホで成長管理をすれば誰でも栽培ができる」と口で言うのは簡単ですが、実際にはすごく高い技術のハードルがあります。たとえばAIによる自動化を目指すとなると、栽培マニュアルなどの作成が必要になると思います。そうした分野で、色々とサポートをいただけると嬉しいです。

小松:望月さんは、マクニカ社屋のガレージで栽培したわさびを実際に召し上がったそうですね。味などはいかがでしたか。

望月:自然の中で作られている真妻わさびと大差なく、正直に言って驚いています。コンテナの活用やAIによるコントロールはまったく未知の世界で、本当に従来では考えられなかったような、すごいものができたのだなと感じています。

フェーズ3:仕立て・実装

小松:最後は、テクノロジーの仕立て・実装がテーマです。マクニカは、この部分にどんなこだわりがありますか?

千賀:マクニカのパーパスに「未来を描き"今"を創る。」というフレーズがあるのですが、これは共創活動において本当に重要なことです。「コンテナ型の植物工場にAIを実装し、価値の高いソリューションで社会課題を解決する」というテーマで何かしらの提案ができるコンサルテーションカンパニーは、おそらく世の中にあると思います。しかし、私たちが目指しているのはアドバイザーではなく、実装も含めた一気通貫のソリューションを提供するプロバイダーなので、その点にはこだわっていきたいです。

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小松:私もNEXTAGE様の植物工場に実際に伺い、葉っぱの選定などのオペレーションをさせていただくことがあります。中村さんから見て、実装に際しての印象はいかがでしょうか。

中村:オペレーションの現場を視察いただけることは、私たちにとっての信頼感や期待感にもつながりますし、非常にありがたく感じています。最終的には、わさびや栽培への深い理解がAIをはじめとした技術の活用にも寄与してくるので、今後も一緒に継続した取り組みができればと思います。

小松:マクニカでも、新横浜オフィスにわさびの植物工場を設置して栽培を始めましたよね。

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千賀:はい。マクニカのビル横にある駐車場の一角を改修し、NEXTAGE様のコンテナを購入して設置しました。これには、2つの理由があります。

1つ目は、お客様の立場と目線に立ち、どのような課題や解決方法があるのかを知っておくことが、サービス提供において非常に重要と考えているからです。もし自分たちで手を動かしたことがなければ、どうしても説得力に欠けてしまうことでしょう。

2つ目は、技術のサンドボックスの場として利用するためです。今回は別の共創パートナーからもお力添えをいただいていますが、今後ビジネスをよりブラッシュアップし、高度化していくためには、さらなるパートナーが必要です。そこで、このコンテナを共創活動の場とすることを考えています。

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▲セッション内では、コンテナ設置~栽培の様子を撮影した短い動画が流れました。


オープンイノベーションの場 "Food Agri Tech Incubation Base"の詳細はこちら

自然栽培と植物工場の共存

小松:最後のトピックでは、「未来の植物工場はどうあるべきか」についてディスカッションができればと思います。望月さんは植物工場の必要性や、自然栽培との関係性についてどのようにお考えでしょうか。

望月:農家がいきなり高度なテクノロジーを使いこなしたり、自然の中にコンテナの植物工場を採り入れたりすることは難しいので、自然栽培と植物工場は別物と考えたほうがよいかなと。しかし、「日本の伝統文化であるわさびを食べ続けてもらう」というゴールは一致していますから、それぞれのやり方があってよいと思います。後継者不足・温暖化などの問題解決に寄与する植物工場が、今後わさびの需要を増やすきっかけになってくれることは、自然な流れでしょう。一方で、自然栽培を続けることが私たちの使命であり、ひとつの仕事だとも考えています。

小松:栽培方法は違えど、わさびを護るという観点は確かに一緒ですね。中村さんはいかがでしょうか。

中村:私は「新しい栽培の選択肢を作る」という使命感をもっていますが、基本的なコンセプトは「共存共栄」です。望月さんは私たちの植物工場によくお越しくださり、貴重なヒントを数多く提供していただけます。やはりAIなどを存分に活用するには、わさび栽培の特徴の把握が不可欠なので、これは非常に大事なことです。自然栽培にも植物工場にも、できること・できないことがあると思いますが、今後も連携を継続し、協力関係を深めていきたいです。

望月:お互いにとってプラスになる何かしらの要素は、必ずどこかに隠れているなと私は考えています。もし自然栽培と植物工場がちょうど噛み合うところのヒントを得られれば、それを活かし、より一層高品質なわさびができるだろうと願い、中村さんともお付き合いさせていただいています。

実は彼の息子さんとお会いしたときにもわさびの話で意気投合し、そのときにコンテナの植物工場を拝見しました。そのときは驚きとともに、頑張っていただきたいなと正直に思いました。「真妻わさびができた」と聞いたときにも耳を疑ったものですが、私たちが作ってきたわさびと変わらないことは体験済みです。今後、このわさびが世に広まっていけば、皆さんも非常に喜ばれると思います。

小松:中村さんがおっしゃった「選択肢を作る」ことからも、共存の世界が見えたように思います。千賀さん、マクニカとしてはどのようなチャレンジをしていきたいですか?

千賀:植物工場を通じて、世の中にわさびを安定供給していきたいですね。また、今後はわさびを中心に、根菜などを展開する可能性も考えられます。ただ、レタスなど単価の低い葉物野菜だけではビジネスとしての成立は難しいはずです。社会的な意義と経済的な価値を両立させ、パートナー様・NEXTAGE様・お客様にとってメリットのある継続的なビジネスモデルを構築することが、私たちの目標です。最終的にはグローバル、果ては宇宙と、場所を選ばずに植物工場のコンテナ展開を目指します。ご興味がありましたら、新横浜にて公開予定の、サンドボックス用コンテナにぜひ足をお運びください。