新規事業を推進し続けるためのSmall Win x Quick Winの科学~ぶれないメンタルが生まれる8つの方法~
新規事業を推進する際には、確実な進捗を実感しながら前進することが欠かせません。そのためには、仮説検証における各ステップで「Small WinとQuick Win」を継続することが、ぶれないメンタルで推進し続けるカギとなります。本記事では、新規事業開発チームが価値創出を実現するための秘訣をご紹介します。
※:本記事は、2023年11~12月開催の「MET2023」の講演を基に制作したものです。
【講演者】
目次
- はじめに
- Section1:5つのマインドとマネジメント
- ①緊急性を高める
- ②結果ではなく進捗を評価する
- ③成長マインドセットを持つ
- ④失敗事例を共有する
- ⑤目標に向けた行動内容をルール化する
- Section2:3つのプロセスと実行方法
- ⑥まずつくる
- ⑦コアシフト
- ⑧仮説指向事業計画
- おわりに
はじめに
今回はマクニカで10年ほど新規事業開発に携わり、そのなかで色々な経験や失敗をしてきた私から、この分野に必要なスキルやメソッドをワールドワイドな論文や実体験を交えながらご紹介します。
昨今は矢継ぎ早に新規事業が立ち上がっている印象を受けており、私は今回と主旨が近いウェビナーを2023年に実施しました。そして、ご参加いただいた18種類の業界の方にアンケートを取ったところ、「技術的な情報よりも、プロジェクトの進め方を知りたい」という声を多くいただきました。仮説検証を繰り返しながら不確実性のなかを前に進む新規事業開発では、単純にフレームワークに埋め込んで行動することよりも、マインドセットやそれを醸成するためのテクニックが非常に重要だと、私たちは考えています。
また、DXやAIの流行とともに「スモールウィン」という言葉を耳にする機会も増えました。心理学の権威であるカール・ワイク先生が1984年に出した論文では、「大きな社会問題を解決するためのステップにはスモールウィンが必要だ」と、さまざまな事例を基に解説されています。この約40年前から提唱されている普遍的な概念も、私たちが重視している要素のひとつです。
以降はセクション1で「5つのマインドとマネジメント」、セクション2で「3つのプロセスの実行方法」と題し、ぶれないメンタルが生まれる8つの方法を皆さまにご紹介します。
Section1:5つのマインドとマネジメント
①緊急性を高める
「なぜ新規事業を推進しなければならないのか」という緊急性をチーム全体がしっかりと認識することは、非常に重要です。
ハーバード・ビジネス・スクールで、変革を成功させるリーダーについて研究を行っているジョン・コッター先生は、2つのことを提唱しています。1つ目は、「リーダーシップ論」。現在でも非常に有名なこの論文では、「変革の中心は人である」と述べられています。2つ目は、「変革のための8段階のプロセス」。こちらには企業変革の実現に向けた、以下8つの要素が書かれています。
1:緊急性を高める
2:変革推進のためのチームを形成する
3:ビジョンと戦略を策定する
4:ビジョンに対するコミュニケーションを活発に行う
5:社員に権限委譲する
6:スモールウィンを創出する
7:成果を型に起こす
8:新しいアプローチを組織文化に統合する
そもそも最初のステップでつまずいてしまうと、変革はまず成功しません。だからこそ、「私たちはなぜこの会社で新規事業を立ち上げる必要があるのか?」という雰囲気を、まずは醸成することが重要なのです。
マクニカでは、新規事業を推進する組織が2017年から本格的に立ち上がりました。このとき世間では10兆円クラスの大規模な企業間の買収が行われ、サプライヤーの統廃合も加速しました。商社であるマクニカにとって、お客様となるサプライヤーの規模拡大は、提供価値および利益率の低下につながります。そこでマクニカは、「商社モデルへの依存を脱却し、独自価値を社会に実装するサービス・ソリューションカンパニーにならなければ」という強い危機感と緊急性を醸成し、スピード感をもって新規事業を立ち上げました。
また、新型コロナウイルス感染症(以下、コロナ)の拡大も、各社で新規事業の推進が積極的に行われた大きなポイントでした。こちらの資料は、コロナ禍で営業利益成長率が増加した業界と、減少した業界を示したものです。EC・証券・通信・小売などが成長した一方で、外食・レジャー・運輸などはマイナスになっており、上下に2分割されたことから「K字型経済」とも呼ばれていました。
しかし、業界全体では減収・減益でも、個別で見た場合には増収している企業もなかにはあったのです。「そうした企業には外部環境の変化に柔軟に対応できる体制があり、最先端の取り組みをしているはずだ」という仮説を私たちは立て、有価証券報告書ベースで、DX戦略やAI活用を謳っている企業を絞り込んでみました。
まず、減収・減益業界のなかでも増収していた企業は全部で100社ほどでした。そして、そのうちDX戦略やAI活用を取り入れていた32社において、営業利益が10%成長していたことが分かりました。これはコロナという突然の環境変化に対し、守りのDXで乗り切ったと好例だと言えます。
私たちが関わるお客様のなかには、コロナ禍真っ只中の2020年あたりに新規事業が立ち上がり、それ以降も引き続きかなり注力している方もいれば、既存事業の回復により投資が減ったという方もいらっしゃいます。新規事業は前に進めば進むほど難しいものであるため、本格的に取り組む場合は、ここでお伝えした緊急性を高めることを重視されるとよいでしょう。
②結果ではなく進捗を評価する
2つ目は、ハーバード・ビジネス・レビューのスティーブン・クレイマー先生とテレサ・アマビール先生の論文や記事に基づく内容です。このお二人の研究では、「従業員のモチベーション・クリエイティビティ・生産性の高さは、結果や才能ではなく、日々小さな進捗をしていること、つまりスモールウィンに起因する」というエビデンスが出ています。実際のところ、マネージャーが「結果にコミットしなさい」と言うチームよりも、従業員が日々の仕事をスムーズに進捗できるように支援していたチームの方が、業績が良かったというデータもあります。
この要素は、新規事業に強い親和性をもっていると私は考えています。なぜなら、新規事業には既存事業と同じKPIで計れないものがあるからです。たとえば、自社の新たなケイパビリティの獲得や、未知の業界に風穴を空けることは、新規事業を推進する過程で評価・賞賛のポイントに十分なり得ます。また、上の資料にあるような提案数・顧客FB数・顧客獲得件数なども同様です。プロジェクトの成否を業績という尺度だけでなく、スモールウィンによる進捗ではかることもまた、重要だというわけです。
③成長マインドセットを持つ
精神論のようにも見えますが、私は成長マインドセットを持つことが1つのスキルだと捉えています。スタンフォード大学のキャロル・ドレイク先生は、大企業の創業者やトップアスリートを分析し、彼らの成功要因で重要なのは成長マインドセットを持っていることだと論じました。上の図に示した通り、成長マインドセットの対極には固定マインドセットがあります。そして前者では、「自分が起こす行動の1つひとつが、ゴールするための重要なプロセス・経験値・データである」というのが考え方の根幹です。
新規事業には正解がないため、仮説検証で学びを得ながらアウトプットを繰り返す必要があります。だからこそ「②結果ではなく進捗を評価する」にもあったように、進捗に対しての意味や成果を自分自身が見出し、着実に進んでいるというマインドセットを持つことが非常に重要なのです。
たとえば、トーマス・エジソン氏は電球を発明するまでに1万回の失敗をしたそうですが、これは「うまくいかない1万通りの方法を発見した」とも捉えられます。また、マイケル・ジョーダン氏はNBAで一番多くの点を獲った選手ですが、一番多くシュートを外した選手でもあります。これらも、トライ&エラーを繰り返すことが、自身にとって意味のあるものだった例だと言えます。
世の中には、非常に優秀で高い成果を出している方も大勢います。彼らがぶれないメンタルで結果を持続するためには、才能ではなく、そこに至るまでのプロセスをマネージャーが賞賛すべきです。逆に結果や才能ばかりを褒めてしまうと、彼らが固定マインドセットに陥るリスクがあることも、上の図では示唆されています。
④失敗事例を共有する
組織においては、失敗事例を全体に共有することが有効という研究データがあります。これは、ミシガン大学のカール・ワイク先生と、ジョンズ・ホプキンス大学のキャスリーン・サトクリフ先生が、レジリエンスが高い組織を分析するために行った共同研究から得られた結果です。この研究は、消防部隊や救急病棟のような、1回の失敗リスクが重いところを対象に行われました。すると、やはり小さなミスでも日々きちんと全体に共有しているチームは組織レジリエンスが高く、そうしなかったチームでは大事故が起きるなど、真逆の結果となったそうです。
この要素も、新規事業に非常に活用できるものだと私は思っています。成功事例は基本的にお客様や市場に紐づくものですが、失敗事例は仮説検証の解像度を高めるとともに、チームを前に進める再現性の高いデータになります。また、失敗を共有することで他のチームは同じ過ちをおかさずに済みます。日々仮説検証を行い、何かをして学んだ結果が失敗寄りだったとき、私たちは「その失敗が何だったのか」を、定量的というよりも定性的な評価指標のガイドラインとしています。
⑤目標に向けた行動内容をルール化する
ニューヨーク大学のピーター・ゴルヴィツァー先生と、ノースカロライナ大学のパスカル・シーラン先生は、「目標がいかにクリアで、ビジョンが明確だとしても、それを達成するために起こす行動の抽象度が高ければ、達成率は上がらない」「一方で、目標に対して行動内容までをルール化したif-thenプランニングを実施したところ、達成率が25%上がった」という研究結果を2006年に発表しました。
新規事業の推進においては、たとえば上の図のような目標とルールを設定して実行します。実際には兼務で担当されている方も多いと思うのですが、「20%しか使えない自分の工数を、社内会議に充ててしまっている」という声はよく耳にします。しかし、新規事業の仮説検証における答えはお客様側にあるので、この場合は時間配分を見直したほうがよいでしょう。
たとえば、その20%が合計8時間だとするならば、1件1時間のインタビューを3回で計3時間、フィードバックの社内ミーティングに2時間、プロトタイプの作成に3時間といったように、時間を有効活用するための行動ルールを定義できると思います。
Section2:3つのプロセスと実行方法
⑥まずつくる
ここからは後半の、「3つのプロセスと実行方法」をご紹介します。最初は「まずつくる」です。
新規事業の推進では、社内で机上の議論ばかりを積み重ねていたり、仮説検証でお客様に話を訊いたりするだけで、いつまで経ってもアウトプットが出てこないことがありがちです。そうした状況を打破するためには、提供したいモノをできるだけ具現化するのが有効です。
たとえば、デジタルプロダクトであれば、ワイヤーフレーム付きのUIや最小限動作するファンクショナルプロトタイプを用意してお客様との認識を合わせる、想定しているペルソナに対して価値があるかを検証するといった具合です。また、幅広く声を聞きたい、興味を集めたいという場合には、LPやホームページ、パワーポイント資料でもよいと思います。そうして用意したものを、対象へのインタビューなどで実際に見せられるように、私たちは「まずつくる」を重視しています。
そもそも仮説検証にはキリがなく、まずはやってみなければ分からないことは山のようにあります。また、事業計画のアップデートにも、やはりお客様の声は必要です。そのため、私たちは情報整理と事業計画の作成を同時並行で行っています。
新規事業やコーポレートイノベーションにおいては、「社内政治というコンテキストでプロトタイプが重要になる」という研究データもあります。実際、事業計画の説明は紙や口頭でするよりも、先ほどご紹介したような簡易的なMVPを見せながら「これを作りたい」と伝えた方が、議論や承認が前に進むことは私たちや、お客様の経験からも明らかになっています。
会社からは、市場規模の大きさを問いただされることもあるかもしれません。既存事業にはなかった情報・資産・ケイパビリティなどを積み重ねたうえで大きな市場にトライするなら問題はありませんが、それでも市場をいつまでも吟味していては、作るものも作れません。重要なのは、まず小さくてもよいので新規事業を立ち上げ、お客様に使ってもらうという一連の体験をすることです。
⑦コアシフト
自社のコアを活かし、そこから新たなお客様を開拓することを私たちは「コアシフト」と呼んでいます。デジタルやAIの分野においては、まず自社の業務の課題を洗い出し、それをデジタルで解決します。そして、そのノウハウと技術をそのままお客様に提供することが王道パターンであると考えています。
今回は、SOMPOリスクマネジメント様やコイワイ様との共創事例をピックアップしました。前者はフォークリフトの危険運転検出の自動化、後者は3Dの類似検索を活用した見積もりの自動化を行いました。各社様とも、この取り組みによって得た知見を自社の財産とし、コアシフトを目指したという例です。
⑧仮説指向事業計画
これはペンシルバニア大学と、コロンビアスクールで20年以上前に開発された事業計画の立て方で、DDPとも言われています。通常、事業計画はウォーターフォールで作られますが、新規事業の場合は不確実性が高いため、仮説をベースにするほうが適しています。実際、ウォーターフォールで事業計画を作ってしまうと確度の明示が難しく、承認が下りないということもあるかもしれません。
この図は仮説指向計画法によって策定したサンプルの事業計画です。具体的には、下記のような考え方をします。
①営業利益率は20%を目指す
②必要な売上は5億円
③②より、許容原価は4億円
④製品(サービス)の価格は月額20万円(年間で240万円)
⑤④より、ユーザー(顧客)はおおむね200集めたい
⑥市場規模としては約1,000ユーザーを見込める
⑦⑥より、自社としては20%のシェアをとっていきたい
⑧自社としては15~20人のリソースが必要(その分の人件費がかかる)
⑨クラウドのインフラコストが約5,000万円かかる
そして、利益達成の指標となる仮説がリストアップされたら、それらを一気にプロダクトのマイルストーンに反映します。これを実行することで、事業計画に対して「結果ではなく、進捗や検証した仮説に対するアウトプットはどうなのか」と、繰り返した仮説検証から得た結果ベースでの議論とコミットメントができます。不確実性の高さから「絵に描いた餅だ」と指摘されることを避けつつ、スモールウィンの達成や失敗時の共有にも適した方法であるため、非常にオススメです。
おわりに
今回は新規事業推進を手がける皆様とのこれまでの会話や、自社でのオリジナルプロダクトの開発を通じて得た、さまざまなノウハウをご紹介しました。スモールウィン、クィックウィンで開発したプロダクトの事例もぜひ下記バナーからご覧ください。私たちも日々もがいていますが、皆さまと一緒に新規事業推進を頑張っていきたいと思います。ありがとうございました。
■新たな価値を創造するための共創基盤 Re:Alize