100倍の効率化を目指すデジタル創薬プラットフォーム実現に向けて
創薬の成功率は一般的に、わずか0.66%といわれています。そんななか、創薬プロセスを工業化し、成功率を約30%まで引き上げ、更に開発期間短縮によって「創薬の効率化100倍」を目指しているのが株式会社A-Digitalです。本記事では、そんな同社とマクニカが膨大かつ複雑なデータ整理という課題に挑んだ共創の軌跡や、今後の展望をご紹介します。
※:本記事は、2023年11~12月開催の「MET2023」の講演を基に制作したものです。
【講演者】
目次
30年分の蓄積データを整理する、大掛かりなプロジェクト
三輪:今回は私たちが2022年秋から約1年間にわたって取り組んできた、創薬研究のデータ整理プロジェクトの内容・目的・背景、そして私たちが今後目指す姿をお伝えします。早速ですが、清水さん、この数字はいったい何を意味しているのでしょうか。
清水:こちらは、武田薬品様が保有する過去30年分の蓄積データから抽出を行う際の方法が、AIか人力かを割合で示したものです。2023年4月時点ではAIが10%でしたが、9月には90%まで増加したことが、今回ご紹介するプロジェクトの大きな成果となっています。
中島:6月に「このプロジェクトは完成しないのではないか?」と私は思っていたのですが、そこから3ヶ月でここまでたどり着いたことを、心から賞賛しています。
三輪:その詳細については、順を追ってご紹介できればと思います。その前に、中島さんから本プロジェクトの関連会社や中島さんの経歴などをご説明いただけますでしょうか。
中島:まず、武田薬品からスピンアウトして設立された会社に、アクセリードがあります。私が現在勤めているA-Digitalは、アクセリードグループのなかでもデジタルの活用に特化した会社で、2022年4月にできたばかりです。以前、私は日立製作所で製造業向けのITコンサルタントや新規事業に携わっていたのですが、そのあと日立ハイテクという会社に移り、商社のビジネスとITを組み合わせて、海外でのリモート工場建設に取り組むようになりました。そこでIoTによって現場をしっかり把握することの重要性を知り、「その作法を創薬の現場でも活かせるのでは」と声がかかり、現在に至ります。
三輪:中島さんはA-Digital様のCTO兼COOであると同時に、アクセリード様の執行役員でもいらっしゃいます。グループ全体についてもご紹介いただけますでしょうか。
中島:2017年に武田薬品の研究開発部門から創薬ラボの部隊が独立し、AXCELEAD Drug Discovery Partnersという会社ができました。立ち上がり当初は会社や部門などが縦割りのなか、マーケティング・創薬・販売などを続けていました。しかし、現在は業態がどんどん変化しており、そのままではグローバルコンペティションに負けてしまいます。
そこで私たちはアクセリードグループを立ち上げることで、創薬に関わる部門を絞らず、ひとつの大きなプラットフォーマーになろうと考えました。特にA-Digitalにおいてはグローバルで勝つために、AXCELEAD Drug Discovery Partnersがもっている創薬の力と、デジタルを活用し、大きく流れを変えていくことが狙いです。
三輪:そうした状況のなか、A-Digital様とマクニカは共創パートナーとしてプロジェクトを実施しています。清水さん、その詳細をうかがえますでしょうか。
清水:昨今では創薬業界に限らず、研究プロセスの属人化が非常に進んでいます。たとえば図の左側にある「未整理データ」部分のように、データが不規則に格納され、研究者が経験・記憶・カンといった暗黙知に頼って検索することも珍しくありません。新人などデータに触れたことがない方の場合は、テキスト検索するしかないでしょう。
そういった未整理のデータを、図の右側のように整理するのが本プロジェクトの目的です。実際にはデータにタグ情報を付け、それに対するコンテンツ内容を抽出する方法を採用しています。これにより、すべての研究者がアクセス可能になり、かつ一定レベルの情報をデータから取得できます。
三輪:創薬の研究効率が増大することで、イノベーションの創発にもつながるということですね。
A-Digitalの構想を支える、3つの柱
三輪:次に、A-Digitalによる具体的な構想を中島さんにご説明いただきます。
中島:私たちがA-Digitalを通じて目指しているのは、創薬効率を従来の100倍に高めることです。通常、1つの新薬を開発するには数年の時間を要しますが、薬の効き目は人それぞれであるため、新しいものをどんどん作らなければなりません。その実現に向けて生まれたのが、A-Digital構想です。
これには、3つの柱があります。マクニカ様にサポートしていただいたのは図の「1」で、武田薬品の時代から蓄積されてきた、膨大なデータを見やすくする仕組み作りが当てはまります。
先ほど「暗黙知」という言葉が出ましたが、研究者は想像以上に暗黙知に頼っています。たとえばある実験が成功し、他の人がそれをマネしたところで、同じ結果を得ることは非常に難しいでしょう。なぜなら、成功した研究者だけがもつ、経験などの暗黙知が介在しているからです。
これは、製造業における「匠の世界」に非常によく似ています。そして、まるで産業革命のときのように、「暗黙知」を形式知化(可視化)し、色々な実験や研究創薬に取り組んでみようというのが、図の「2」に示した「ラボの工業化」です。私たちはこの過程をデジタルに記録することで、分からなかったことを明らかにし、繰り返しで同じ結果を得られるようにすることを目指しています。
薬は外の世界で服用されると、開発段階では分からない色々なことが起こります。そういった事象に対しては広く情報を集める必要があるため、他の研究機関のデータを取り込めるようにしたいと私たちは考えています。これが図の「3」です。そして、この3つの柱を研究者が自由に扱えるようになって初めて、100倍の効率化が実現し、図の中央にある「Intelligence Pond(創薬データ集積池)」が完成します。私たちはこの「Intelligence Pond」を活用し、次の図に示した、創薬の効率性におけるさまざまな問題の解決を目指しています。
三輪:では清水さん、プロジェクトの内容を教えてください。
清水:私たちはA-Digital構想のベースとなる1本目の柱を、3つのフェーズに分けて進めました。最初は研究者へのインタビューから結果を分析し、そこからデータ整理・活用の課題を抽出のうえ、目指すべき姿の明確化とプロジェクト計画の策定を行いました。そして、次のデータ整理PoCでAIアルゴリズムの作成や検証を進め、最後にAIを活用したデータ整理を実施したという流れです。
三輪:最後のフェーズにある「アルゴリズムの改善」は、データの抽出精度を高めるうえで非常に重要だと思います。具体的には、どのようなことに取り組んだのでしょうか。
清水:研究者が、実際にはどのようにしてデータを探しているのかをアルゴリズムに埋め込む作業がポイントでした。暗黙知をアルゴリズムに入れるのは難しいと感じましたが、その部分にしっかりと対応できたからこそ、冒頭でご紹介したように、AIによる自動化を90%まで増やせたと言えます。
三輪:プロジェクトの進捗とロードマップについてはいかがでしょうか。
清水:2023年11月あたりの時点ではSprint2が終わり、Sprint3に入ったところです。図の左側にあるように、Sprint2ではAIによる自動整理と人力整理によって、全体の15%の整理が完了しました。なおAIを活用すると、人力に比べてデータ整理の所要時間は3分の1で済みます。
また、アルゴリズムの開発は当初50%を予定していたのですが、それが90%まで進んだことは大きいですね。さらにAIによる整理の効率化は55%の改善が完了しており、これをSprint4に向けて100%に近づけることで、整理の所要時間を4分の1、5分の1と短くしていきたいです。総じて、目標値はしっかり達成できたと評価しています。
中島:私は最初、このプロジェクトの実現は難しいと考えていました。しかし、それでもAIによる整理の効率化がうまくいったのは、ラボの方々の協力があってこそだと思います。彼らはこのプロジェクトを自分事だと捉え、マクニカ様とも積極的にコミュニケーションをとってくれました。その結果として自動化率が高くなり、開発も先に進んだのではないでしょうか。
プロジェクトの裏側にあった、さまざまな苦労
三輪:先述のような結果を得るまでには、多くの壁が立ちはだかっていました。
清水:はい。なにせ私たちは創薬の業界に初めて飛び込んだので、まったく知識がありませんでした。それでもアルゴリズムの開発やチューニングを行い、データサイエンティストや研究者の暗黙知を形式化するためには、彼らのインテリジェンスをどうにか獲得する必要がありました。
プロジェクト初期は活用シーンの把握や課題調査のために、有識者に対して質問をしていたのですが、その内容が抽象的だったために会話が弾みませんでした。しかし、最近では双方が慣れてきたことで適切な解説を立てられるようになり、コミュニケーションの頻度が多くなったことで、アルゴリズムの精度も上がってきたと感じています。
三輪:データのアクセス先や種類は、当然ながら研究者の専門分野ごとにまったく異なります。本プロジェクトでは各データの活用シーンを1人ひとりに訊いてまわったことで、進むべき道をより具体化されたので、Sprint0は非常に重要だったと私は思います。
清水:Sprint1はPoCの作成・修正・検証を行い、その後の方針を決定するフェーズで、中島さんからも色々とアドバイスをいただいていました。マクニカ単独ではなくA-Digital様と評価基準を考え、すり合わせたうえで合意する流れを繰り返したことで、本当の意味での共創ができたと思います。
三輪:このフェーズは特に苦労した思い出がありますが、中島さんの印象はいかがでしょうか。
中島:新しいことに挑戦する際は「こういう形にしたい」と期待が膨らんでしまい、そちらの方に評価基準をもってくる傾向がありますが、大抵の場合はそれで失敗します。そうならないためにも、先を想像して評価基準を見直すことが非常に重要です。現場でプロジェクトを進める方はどうしても目の前のことに一生懸命になるので、私は全体を俯瞰しつつアドバイスをしていました。
清水:その後のSprint2ではデータ整理の仕組み化を行いつつ、人力支援やアルゴリズムの開発・改善を行いました。先ほど中島さんから、「6月までの進捗は芳しくなかった」とお話がありましたが、その主要因は人力支援のリソース不足でした。研究者の本分はやはり研究であるため、データ整理にリソースを割くことが難しかったということです。
やがて開発・改善にも遅れが生じ、負のスパイラルに陥った場面もありましたが、中島さんにリソースの補強をしていただき、弊社側でもデータサイエンティストが開発を促進することで、最終的には目標を達成できました。
中島:私は「データ整理は研究者の本分である」と広く理解してもらうために、グループ会社やラボの方ともコミュニケーションを積極的にとっていました。リソースの増強などが実現したのは、そのアクションが奏功したからです。プロジェクトの中ではゴール設定の変更などもありましたが、最後は人間がどれだけ力を発揮できるかがカギなので、各自のモチベーションを高めるために努力しました。マクニカ様には苦労をおかけしつつも、感謝しております。
三輪:今回の結果は、中島さんの尽力あってのことだと思います。ありがとうございます。
A-Digitalとマクニカが目指す今後
三輪:最後に、今後の展開についてお聞かせください。清水さんからお願いします。
清水:将来的にはマクニカが保有している声・目線・脳波などのデータを「Input」として、生成AIも活用しながら、薬効・スクリーニングの自動解析・資料の要約や解説といった「Output」をインタラクティブにできるようにしたいですね。また、現在はデータ整理の段階ですが、今後はそれらを活用し、他の製薬会社様や業界に展開することも考えています。
中島:溜めたデータはどんどん古くなるので、常に新しいものが入ってくる、きれいな状態を維持することが重要だと私は考えています。そして、そのための工夫の仕方は研究者によって違います。今回のプロジェクトでは、彼らが自分の求める情報を取得するサポートのコアができました。今後は、人間が知恵を絞ることで、色々な発見をしたり、色々な見方をする支援ができる仕組みを作りたいです。
その実現には、図に書かれているような項目のすべてがベースとなります。こうした取り組みを一緒にできれば、きっと面白い世界が描けるに違いありません。創薬の効率を100倍にすることで、世界中の方が病気にかかったときに、誰にでもよい薬を届けられるお手伝いを少しでもできるようになりたいと思います。
三輪:Sprint0から始まって1年以上が経過した本プロジェクトですが、蒔いた種がSprint2で林になり、目指す姿と今後の展開まで描ける状態になってきました。それも、アクセリードグループの皆さまや、マクニカのプロジェクトメンバーが一丸となり、知恵を出し合いながら進めてこられた結果だと考えています。今後も共創パートナーとして、引き続きよろしくお願いいたします。
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