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量子インターネットの未来と実現への道筋

量子インターネットの未来と実現への道筋

 デジタル通信に未曾有の変革をもたらす技術として、量子コンピュータとともに大きな注目を浴びている「量子インターネット」。本記事では、その原理や実現のために必要な要素をご紹介しつつ、先々の応用も見据え、量子インターネットが創り出す未来ビジョンを皆さまと共有してまいります。

※:本記事は、20231112月開催の「MET2023」の講演を基に制作したものです。

 
【講演者】

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目次

量子コンピュータと量子インターネットの関係

高橋:昨今では、量子コンピュータについて見聞きすることが多くなりました。堀切先生、今回の本題である量子インターネットに触れる前に、その現状や最新動向についてうかがえますでしょうか。

堀切:現在、量子コンピュータの分野では、ものすごい勢いで開発が進んでいます。かつては細々と研究されていたのですが、約10年前にGoogle社がジョン・マルチネス教授のチームを招致したことで、非常に高性能な量子ビットが誕生し、それを皮切りにIBMなどの巨大IT企業も参入し始めました。たとえば、従来のコンピュータは素因数分解を高速に解けなかったのですが、量子コンピュータが高性能化すれば、より高速に解けるアルゴリズムを実行することができます。今後は、「現実社会のさまざまな場面で役立てられるのではないか」と大きな期待が寄せられています。

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高橋:量子インターネットは、そんな量子コンピュータのネットワーキングに使われるのでしょうか。

堀切:はい。遠隔地にある端末同士をつなげることで、より大規模・高性能化を図る「分散量子計算」という概念も存在します。これを実現するには、量子コンピュータで扱う量子状態を遠隔地間で共有したり、送ったりする必要があります。そこで登場するのが、量子状態を送ることができる、量子通信路からなる量子インターネットというわけです。

現在では量子コンピュータを持っていないユーザーでも、IBM社などが保有する量子コンピュータにインターネットを通じて接続できます。しかし、たとえば商用利用が目的の場合、その貸主に計算・出力結果を知られたくない場合もあるでしょう。そういったケースでも、量子通信路を介して量子状態を送ることができれば、セキュリティは担保されたまま、量子コンピュータを利用できることが理論的に示されています。この概念は「ブラインド量子計算」といいます。量子インターネットにおいては、量子コンピュータの利用に際して有用なアプリケーションが、すでに考えられています。

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高橋:さまざまな用途がある量子インターネットですが、一番最初に利用可能になるとされている量子鍵配送とは、どういったものでしょうか。

堀切:現在のインターネットでは暗号化による情報通信が行われていますが、コンピュータの性能が将来的により高くなれば、そのセキュリティが崩れる危険性をはらんでいるとも言われています。一方で、長らく期待されてきたのが、計算機がどれだけ発達してもまず破られない、情報論的な安全性をもった暗号化です。これを可能にするのが、量子鍵配送(Quantum Key DistributionQKD)です。

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▲量子鍵配送の仕組み。


高橋:業界には、量子鍵配送専用装置としてのシステムを商用提供している企業もあります。それらを堀切先生たちが目指しているものと比較した場合、技術的な差分はあるのでしょうか。

堀切:弊社では、量子もつれを使った量子鍵配送システムを最終的な目標としています。例えばBB84という単一光子を用いた量子鍵配送を行う他社様のシステムでは量子もつれが使われず、量子インターネットに直接つながらないので、そこが差分になります。

高橋:量子鍵配送の安全性は、専用装置でも量子インターネットでも同じだけれど、後者の方がより汎用的ということですね。ここまでのお話を受け、量子コンピュータと量子インターネットの関係は、既存のコンピュータやインターネットの関係と非常に似ているように感じました。

堀切:おっしゃる通りです。既存のインターネットはコンピュータ同士をつなぎ、多くのユーザーに汎用的に使われています。量子コンピュータと量子インターネットが、将来の私たちの生活にどの程度結びつくかは未知数ですが、その関係は既存のコンピュータとインターネットのようになると思います。今後、どのようなアプリケーションが発達するかにもよりますが、「ゆくゆくは量子インターネットが社会の基盤技術になるのではないか」と期待して、私たちは研究をしています。

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量子インターネットの原理

高橋:ここからは、量子インターネットの原理に迫ります。まず量子インターネットの定義を、改めて教えていただけますでしょうか。

堀切:量子通信の研究者たちに完全一致した見解があるかはともかく、量子インターネットは基本的に、「量子ビット・量子状態を伝送する能力のあるネットワークの集合体」と位置づけられるかと思います。

高橋:量子ビットは、デジタルの01とは違うのでしょうか。

堀切:そうですね。よく言われることですが、私たちがインターネットやコンピュータで使う2進数では、01のどちらかしか取り得えません。しかし、量子ビットは「0かつ1である」という、量子力学的な重ね合わせの状態を可能とします。また、光子の偏光状態にも量子ビットの付加が可能です。たとえば水平・垂直方向への偏光をそれぞれ01とした場合、それらの重ね合わせが45度といったこともあり得ます。これは、0プラス1という量子状態として表すことができます。このように、光子や物質の中の電子スピンなどの特殊な量子の状態にも、量子ビットは付加できます。

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高橋:光子の上に表れた量子ビットを、量子インターネットによる通信で遠くに移動させる方法は、どのように実現するのでしょうか。

堀切:量子インターネットにおいては、量子もつれを世界の任意の2地点間で共有する機能が基盤になります。量子もつれとは、特殊な量子間の相関のことです。たとえば、2つの光子に対して偏光状態を測定し、「片方が水平なら、もう片方も必ず水平」といったように、完全な相関をもちうるのが特徴です。

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高橋:距離が離れていても、量子もつれの状態は維持されるということですね。

堀切:そうですね。偏光を維持しにくい場合もありますが、遠くても量子もつれを維持できる能力が量子インターネットには必要ですし、そのための技術研究開発が、長距離量子通信を可能にします。量子もつれがあれば、量子テレポーテーションという技術を用いて、量子ビットをA地点からB地点に送るといったことも可能です。

高橋:量子インターネットの実現に際し、プロトコルは誰がどのように決めているのでしょうか。

堀切:日本には、私も設立時から参画している「量子インターネットタスクフォース(QUANTUM INTERNET TASK FORCE)」という産官学のコンソーシアムがあります。量子インターネットにおける通信規格のようなものの取り決めは現在進めている最中で、弊社はハードウェア側を担当しています。

LQUOM社が実用化を目指すプロダクト群

高橋:通信規約は最終的に世界で統一されると思うのですが、量子インターネット向けのハードウェア技術開発などは、日本でも先行していく必要性があるということですね。ここで、御社で開発しているプロダクト群を解説いただけますでしょうか。

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堀切:量子インターネットを構成するハードウェア群のうち、物理層に相当するような、より下位のレイヤーの量子技術が弊社のコアとなります。なかでも、量子もつれを配送する能力は非常に重要であるため、最初のプロダクトではひとまず1050kmの短距離を目安に実現を目指して開発を進めています。

中長期的には、長距離量子通信を行うための量子中継機という専用のデバイスが必要になります。また、そこに搭載する共振器量子光源や量子メモリといった、長距離量子通信システムを一括で開発できることが、弊社の強みだと思います。

高橋:画像中央に書かれた中継機が、既存のインターネットにおけるスイッチやルーターで、その開発が難しいということですね。右側の量子アダプタは、光ファイバー伝送してきた光子と量子コンピュータをつなぐものでしょうか。

堀切:そうですね。例えば電磁波の変換機といったものです。既存光通信で、光電変換があると思いますが、その量子版という感じでしょうか。私たちは、量子インターネットを構成するようなハードウェアを作り上げていきたいと考えています。しかし、量子コンピュータを作るメーカーではないため、いずれは量子コンピュータを提供する方々に、私たちが伝送した量子もつれや量子状態をつなぎたいのです。

その際に重要なのが、電磁波の形で量子状態を持っていくことです。ただ、通信波長という光の波長域で光ファイバーの中を低ロスで送ったとしても、大抵の量子コンピュータはそれを受け入れてくれません。そこで、波長変換を行う機能などをもったアダプターが必要になります。

高橋:超電導方式、イオントラップ方式、光量子コンピュータなど、方式によって出てくる波長が異なるため、それを量子インターネットに乗せるために変換するのがアダプターの役割であると。

堀切:現時点では「この量子コンピュータだけが生き残る」といった決定版が登場しているわけでもないので、将来的にはさまざまな量子アダプターが必要になると考えられます。

高橋:御社はこうしたプロダクトを実現化するための、さまざまな要素技術をお持ちかと思うのですが、具体的にはどのようなものがあるのでしょうか。

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堀切:まず左上の「狭線幅量子もつれ光源」は、先ほどご紹介した長距離量子通信システムに搭載可能な光源部分です。次に左下の「多重化量子メモリ」は、送られてきた光の量子状態を一時保存するデバイスです。ただし、量子メモリが受け入れる光は、単色性が非常に高くなければなりません。これはスペクトルという概念で見ると、細い必要があるということです。そのために光の共振器を使ってスペクトルの共振条件を満たし、スペクトル幅を非常に狭くするというのが、私たちの保有している専門的な共振器量子光源です。

右側の列にある「周波数安定化」や「波長変換」は、光源とメモリをつなぐために欠かせない、インターフェースとも言えるような技術です。単色性が非常に高いデバイスは放置しているとブレてしまうため、能動的にフィードバックを重ね、長時間維持することで結合させる必要があります。波長変換は先ほど登場した量子アダプターにも関連しており、量子メモリの波長が可視光にあった場合、通信波長の光源との間の波長をまたがせる役割を担います。

高橋:非常に幅広い技術を御社が保有しているからこそ、量子インターネットのハードウェア開発を実現できているのですね。

堀切:量子インターネットの物理レイヤーから、その少し上のリンクレイヤーに相当する部分に必要な技術をかなり多く保有しているのが、我々の強みだと思います。

高橋: LQUOM様の量子通信システムの開発には、実はマクニカも携わっています。主に通信の安定化・制御の部分が挙げられるそうですが、こちらは先ほどの要素技術に対して、どのような位置づけになるのでしょうか。

堀切:まず要素技術として光源やメモリがあり、その間で光を送ってメモリに格納します。メモリは中継ノードという量子中継の中にありますが、最終的には「向こう側とこちら側で通信をしたい」という状況になります。そして、これらの実現には安定化や同期といったさまざまなことを司ってくれる、全体の面倒を見てくれるような部分が必要です。マクニカ様とは、そのあたりの開発を一緒に進めています。

高橋:タイミングを合わせていく工程が非常に重要で、弊社としてはFPGAのテクノロジーや知見を活用しているということですね。

量子インターネットの今後

高橋:量子インターネット向けのハードウェア開発は、世界的に見るとどのような状況なのでしょうか。

堀切:主なプレイヤーは、国家プロジェクトの支援を受けた大学などの研究機関だと思います。ただ、最近の米国ではQunnect社といった量子通信を志向したスタートアップも登場するなど、量子インターネットに向けたテストベッドプロジェクトが複数の箇所で始まっています。

中国は研究予算や人員が非常に潤沢で、私たちが手がけている光ファイバーベースの量子以外に、専用の量子通信向けの衛星打ち上げも世界で唯一成功させています。ヨーロッパにはQuantum Internet Allianceなどの組織があるほか、各国の優秀な研究者と大学が中心となって、量子インターネットに向けたプロトコルやハードウェアの研究をしています。

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高橋:量子インターネットの根幹である量子中継の部分には、さまざまな量子メモリが提案されていると聞きます。御社で採用されている技術の方式や、利点を教えていただけますでしょうか。

堀切:私たちは、希土類を添加した結晶をメモリに使っています。希土類添加物は量子通信の多重化に資すると期待され、研究が進んでいるデバイスです。量子通信では極めて微弱な光を送らざるを得ないのですが、その影響で通信レートが上がらないという弱点があります。そのため、通信の多重化による速度向上が非常に重要になります。

高橋:皆さまが一番気になっているのは「量子インターネットは、いつ登場するのだろう?」という点かと思いますが、これについてはいかがでしょうか。

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堀切:非常に難しいご質問です。まず、弊社としては2年程度で、量子もつれ光源の製品化は問題なくできます。その後、量子中継機で1つの中継点だけを設定し、これをまたいでA地点とB地点を結ぶといったようなことは、できれば5年以内には多重化量子メモリを用いて実現しなければと考えています。そして、赤文字で記載した部分はより困難で、2029年に数ノードができている確信はありません。

一方で、量子コンピュータ側の研究開発も進んでいます。それに遅れないように量子インターネットを作らなければなりませんが、よい量子コンピュータが開発されれば、その分メリットも享受できます。たとえば誤り耐性機能を利用し、量子中継の多ノード化や高性能化をすることで、クオリティ向上に期待がもてます。実際には量子コンピュータの進歩と歩調を合わせながら、量子インターネット側も進んでいくのではないでしょうか。

高橋:20292030年あたりに誤り耐性機能付きの量子コンピュータを提供するという野心的な目標を掲げている企業も世界にありますし、それは2035年ごろになるという声もあります。しかし、少なくとも2030年代には量子コンピュータの登場が確実視されています。そこに歩調を合わせるかたちで数ノードの量子インターネットが実現していれば、その先では量子インターネットがグローバル接続されている可能性もあるのでしょうか。

堀切:そうですね。おそらく数ノードの後、日本にいる私たちは、海をまたぐことを目標にしなければならないと思います。そして、そこまで真剣に考え出すと、今度は「何が本当に実現可能な方式か」という問題が出てくるはずです。その際には衛星も織り混ぜながら、ハイブリッドの量子中継によるグローバル接続を、具体的に進展できるところまで到達できればと考えています。まずは、何とかして数ノードをクリアすることからです。

高橋:2030年代では、もしかすると「アメリカにある量子コンピュータを日本から量子インターネットを経由して安全に利用する」といったことも実現するかもしれませんね。 そこまでくると、とてもワクワクします。

堀切:とてつもなく難しいプロジェクトですが、なんとか実現したいですね。

高橋:「最先端のその先の技術」を追求しているマクニカは、量子インターネットの実現に、LQUOM様と一緒に貢献していきたいと考えています。量子インターネットは量子コンピュータに比べ、ご存知の方も少ないかと思います。もし周りの方と概要などをお話する機会がありましたら、その研究をしている企業が日本の横浜にあることも、ぜひ話題に挙げていただけますと幸いです。