アルバックの新たな成長戦略 ~真空×共創によるイノベーション創出~
皆さまは、「真空技術」をご存知でしょうか。これはスマート社会を支えるさまざまな電子デバイス・低消費電力化のキーとなるバッテリー・パワーデバイスの製造などに不可欠な技術です。本記事ではイノベーションの創出と共創の推進によって、社会に新たな価値をもたらす世界有数の真空装置メーカーであるアルバック社の成長戦略や、マクニカとの共創事例をご紹介します。
※本記事は、2023年11~12月開催の「MET2023」の講演を基に制作したものです。
【講演者】
目次
社会を支える縁の下の力持ち、アルバック社
梶本:今回は、真空技術をコアとした技術力に70年以上こだわり、さまざまな業界を支えてきた製造装置メーカーのアルバック様をお招きしました。次の時代の成長に向けたイノベーションを、同社がどのように起こしていくのかをお訊きできればと思います。清田さん、最初にアルバック様のことをご紹介いただけますでしょうか。
清田:私が入社した当時は、日本真空技術株式会社という社名でした。その名の通り、真空技術や材料、あるいはプロセスの開発が特に得意な会社です。私はパソコン・スマホ・テレビなどに向けたディスプレイの製造工程で、薄膜を形成する真空装置開発に従事し、この分野で世界シェアナンバーワンを獲ることができました。社名が変わったのは上場のタイミングで、Ultimate in Vacuumという造語がその由来です。この言葉は、「真空技術の応用・利用の極限を目指す」という願望を表現しています。
世界41社のグループ会社のうち、11社は日本、残りは大半が東アジアにあります。また、さまざまな事業領域がありますが、私たちは図の左上にある通り"「つくる」をつくる"企業です。これは私たちがディスプレイや太陽電池を直接作るのではなく、お客様がそれらを作るための機械を提供していることを意味しています。
▲身近な家電製品やAIなどの最先端まで幅広く使われる半導体の製造には、真空のクリーンな環境が不可欠です。セッション中の動画ではアルバック様がその技術創出に貢献していることが紹介されました。
梶本:アルバック様の装置で作られたものが、社会で幅広く使われているのですね。
清田:はい。最近はスマートホーム・ドローン・太陽電池・データセンター・AIなどが登場していますが、これらの発展にはさまざまな電子部品が必要です。そして、その電子部品を作るためにも真空技術が欠かせません。私たちは見えないところでデジタル化社会を支える、縁の下の力持ちのような存在だと思っています。
アルバック社×マクニカにおける2つの共創事例
梶本:ここからは、イノベーションの創出をテーマにお話を進めていきます。まず、2023年の7月に発表されたアルバック様の中期経営計画についてうかがえますでしょうか。
清田:中期経営計画では、今後3年間の基本方針と重点戦略を示しています。青文字でハイライトした「共創によるイノベーションの推進」と「デジタル化の推進」の2つが、今まさにマクニカ様と共創している領域であり、今回は前者についてお話しいたします。
梶本: 70年以上の歴史の中で、内製でまかなってきた部分も多くあると思います。共創の推進に必要性を感じたのには、やはり社会の環境変化が早くなってきたことが背景にあるのでしょうか。
▲アルバック様の提供する価値(Value)を示した図。横軸が時間、縦軸が価値を示しています。
清田:そうですね。真空装置業界も環境変化が激しいので、いままでのような線形の成長では世の中についていけず、お客様の要求にも応えられません。そのため「全方位での共創が必要だ」とひしひしと感じています。これまでに真空装置のハードウェアや、それを動かすための装置制御ソフトウェアをすべて自前で作ってきましたが、お客様の要求はどんどん高くなりますし、皆さまが求めるものはそれぞれ違います。
そんな私たちはあるとき、ソリューションソフトウェアという、より上の領域にあるバリューの必要性に気付いたのです。しかし、その分野は初めてで知見も経験もなかったため、従来のような自前の開発では期待通りのバリューを生み出せないという壁にぶつかり、もがき苦しんでいました。現状はマクニカ様というパートナーと出会ったことで、このソリューションソフトウェアや、さらなるデジタル化の活用を共創領域とし、非線形の大きな成長を遂げられるように一緒に頑張っていきたいと考えています。
梶本:アルバック様と私たちの共創事例もご紹介したいと思います。1つ目は、次世代のAI技術を使ったスマートメンテナンスで、神奈川県の支援も受けているものとなります。このプロジェクトは、どういった背景で検討されたのでしょうか。
清田:真空装置はキーとなる機械系に異常が発生すると、メンテナンスや部品の調整・交換をしなければなりません。その場合、真空に減圧している部分を大気圧に戻す必要があり、これが時間の損失につながるのです。そこで、異常検知によるメンテナンスの事前準備に向けた取り組みを、DX推進事業として神奈川県にご支援いただきました。
梶本:マクニカとの共創に至った経緯はいかがでしょうか。
清田:ソリューションソフトウェアの領域では、技術をもっている企業様との共創が不可欠です。しかし、過去一緒に挑戦した数社様との取り組みでは、十分な結果を得られませんでした。マクニカ様には、以前からエッジコンピューティングの肝となる部品の調達などでお世話になっていたのですが、「部品をどう活かすか」というソリューションソフトウェアの高い実績やナレッジもお持ちであることを知り、共創に至りました。
梶本:こういったことが実現すれば、アルバック様の装置をお使いの皆さまにもダウンタイム削減などの価値を提供できますので、鋭意進めてまいります。2つ目は、フラットパネルディスプレイの事例ですね。
清田:こちらは、一般販売されている液晶テレビを製造するための真空装置です。皆さまのご家庭には42インチや70インチなど、さまざまな大きさのテレビがあるかと思いますが、それらに使われているガラスは、もともとは2~3m超の大きさです。テレビの製造工程では、このガラス基板に銅やアルミなどの配線膜を真空装置で付けており、生産量は1分間で1枚、1ヶ月で約4万枚にのぼります。
その期間中、真空装置のメンテナンスが行われるのは1~2回ほどです。しかし、続けて使うと装置のコンディションが段々ずれていき、配線膜の厚みが均一でなくなります。これまでは、対策として職人がチューニングしていたのですが、現在はそれをデジタル化するための取り組みを進めています。
梶本:データ化した匠の技術によって誰でも作業をできるようにしたり、より精度を高めたりしようということですね。
清田:そうですね。成膜や装置のコンディションに関する、さまざまなデータを集めています。たとえば「2週間目にこう変わったら、こうチューニングする」といった、人のナレッジを機械学習させ、以降の対応を予測するためのデータ活用を、マクニカ様と共創しています。
梶本:機能をもった装置の販売だけでなく、装置を使いやすくするためのサービス提供も目指されていると。
清田:はい。私たちの装置を多く設置している工場では、装置が予期せぬ挙動をしてしまうこともありました。それを人手を使わずに対応できるのは、本当に価値のあることだと思っています。
ソフトウェア開発の苦労と、新部署設置に伴う今後の展望
梶本:さまざまな事例が生まれていますが、実際には簡単にいかない部分もあると思います。今度は、これまでに苦労したポイントをうかがえますでしょうか。
清田:色々な苦労がありました。まず1つ目に、ソフトウェア開発の重要性や、お客様における使い勝手の理解が難しかったことが挙げられます。特に「どれだけ使いやすくなっているか」は数値での把握ができないので、社内の合意形成は困難を極めました。また、ソフトウェア開発者に進捗を確認した際に「75%完了しました」と言われても、それが何を指すのかが分からないという問題もありました。機械設計であれば、「50%」とだけ言われても大体の予想はつくのですが。
このように、ソフトウェア開発は私たちが従来扱ってきたハードウェアとまるで異なる領域であり、会社の文化の中でも非常に異質なものです。お客様だけでなく、社内でもこのことを分かっておく必要があるものの、開発にあたっての進捗と費用対効果をどのように評価していくかなども含め、取り扱いが難しいと現在も感じています。
梶本:70年以上の歴史のなかでソフトウェアやデータの重要性は理解していても、自分たちが関わったことがなく、馴染みがないためにピンとこない部分があると。
清田:そうなんです。たとえばお客様との仕様の取り交わしでは、設置面積・必要なユーティリティ・膜質の均一性値などはスペックで謳えます。いわば車のカタログと同じようにすべてを数値で示せるので、競合よりもよいものを安く、早く提供できるわけです。しかし、ソリューションソフトウェアではそうはいかず、他社もどのように示しているかが分かりませんでした。
梶本:お客様への提供後にアップデートをかけることも、ハードウェアにはない文化ですよね。2つ目の「自前主義の文化が強い」についてはいかがでしょうか。
清田:アルバックでは創立以来、「○○はできないか」という依頼のもとに、物理屋や機械屋が一生懸命に原理検証をしながら、さまざまな商品を世に送り出してきました。ところが、現在は作り終えたあとも「量産できるように制御も考えてほしい」という流れが当たり前になってきています。つまり装置が動けばよいのではなく、その先に何があるかも考えないといけません。その着眼点がないところが、私たちが前に進むにあたっての最大の弱点だと思います。
梶本:これが 2023年に出した中期経営計画に、「共創」という言葉を入れたポイントのひとつということですか。
清田:まさにその通りです。
梶本:そうした苦労の解決にあたっては、どのような取り組みをされているのでしょうか。
清田:昨今のお客様からは、「装置を買ったのだから、ソフトウェアも付いていて当たり前」というお声もいただきます。それを聞いた私たちは「バリューの再定義が必要だ」と社内で議論を交わし、やがて「ハードウェアを納めた後にユーザーソフトウェアで提供できる価値が重要だ」と気付きました。
たとえば、装置データの活用による安全性や生産性、エネルギー効率の向上が挙げられます。また、弊社のプロセスにおける結果を比較分析し、効率的な実験・開発・条件出しを行うことで、お客様が新商品を開発する際の期間短縮につなげたいとも考えています。
お客様の工場内には私たちの同じ装置が何十台も並び、それらが等しく稼働する必要があります。加えて、装置の調整が職人的ではなく、データ解析を通じて自動で行われるようになることも今後重要であり、その解決に向けて現在は動いています。
ソフトウェアで色々なものを自動的に制御できれば大きな価値が生まれ、非線形の大きな成長ができると私たちは信じています。中期経営計画ではこうした考えのもと、開発本部の中にソフトウェア開発部という部署を新設し、メンバーを集めました。これを新しい取り組みの1丁目1番地として、取り組んでいきたいと考えています。さまざまな活動を通じて成果を出し、お客様や社内に認められることで初めて、社内文化のひとつと言えるようになると思います。
梶本:自前主義の解決にも、策はあるのでしょうか。
清田:はい。これまでは装置を動かすためのソフトウェア開発が、私たちの強みのひとつだと思っていました。一方で、装置のアウトプットから得られるデータをお客様にご活用いただくための支援は、未知の領域だったと言えます。私たちのコア技術を活かしつつ新たな技術を獲得するためには、共創が何よりも不可欠です。パートナーも含めたワンチームでプロジェクトを推進すれば、私たちが提供できる価値はより大きなものとなり、バリューが上がるだけでなく、社内の人材育成にもつながるはずです。
独自の強みである真空技術に装置データというビッグデータを紐付けることは、弊社のみが可能としています。私たちは本当に価値があるデータを創り出し、さまざまデジタル技術でそれをさらに向上させ、お客様に届けたいと考えています。そして、この取り組みをマクニカ様との共創で実現してまいります。
▲小さな青い玉が真空技術、大きな緑の玉がビッグデータを示し、それらが融合する様子がアニメーションで表現されていました。