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"最新テクノロジーの変化 × ココロ"で動かす社員の行動変容

 近年、生成AIなどのゲームチェンジャーとも言えるテクノロジーが加速度的に進化し、大きな環境変化が巻き起こっています。そうした状況で重要性が高まっているのが、企業変革の礎となる個人が高いモチベーションをもち、新たな挑戦をすることです。

 そして、仕事を変えるためには行動を変え、行動を変えるためには気持ちを変えることが不可欠です。本記事では、ロート製薬様が掲げる「変化の原動力となるココロを動かす"5つのスイッチ"へのアプローチ」や、「社員の自律的な行動変容を促す取り組み」をご紹介します。

:本記事は、20231112月開催の「MET2023」の講演を基に制作したものです。

【講演者】

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目次

社員の「心が戻る場所」を作る

阿部:今回は、大垣内さんの体験も踏まえたお話をうかがえればと思っています。ロート製薬様との取り組みは、こちらのビジョンステートメント実現に向けたプロジェクトから始まりましたね。

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大垣内:マクニカ様とのお付き合いは、2023年で3年目になりました。ロート製薬社内では複数のDXプロジェクトを同時に進めており、そのうち生産・調達を中心にしたデジタル人財の分野で、マクニカ様をパートナーに決めさせていただきました。色々と検討するなかで、阿部さんの話が一番面白かったことと、失敗談も話してくださったことが決め手でした。このビジョンステートメントは、プロジェクトの参画メンバー全員で最初に考えたもので、現在でも各自の「心が戻る場所」になっています。

阿部:「戻る場所」があることは、非常に大事ですね。進むべき方向に迷い、大変な思いをするときはどうしても訪れるものですが、このビジョンステートメントに立ち戻ることで、乗り越えられた場面もありました。

大垣内:そうですね。実は当たり前のことが書かれているのですが、思い返してみると、これをみんなで作った経緯そのものが、プロジェクトを各自に自分事として捉えてもらうためにとても大切でした。新しく入ってきた人にゼロから教えたり、背景の説明を求められた際にも、このように全員を束ねるも要素の存在が大切だと私は考えています。

阿部:私たちも同じ考えです。こちらは先ほどのビジョンステートメント実現に向けた骨格を示した図なのですが、一番上で働き方改革、土台で人財の育成にフィーチャーしているところに感服しました。

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大垣内:「人・人材育成が大事」と一般的にもよく言われるとおり、これは本当に大事なことなので、私たちは「DX推進プロジェクト」ではなく、「デジタル人財プロジェクト」とすることにこだわりをもっています。社員に戻る場所を用意したうえで業務を効率化し、働き方・やり方を変えるなかでは、目的が途中ですり替わらないように取り組むことも重要です。

私はプロジェクトリーダーですが、実はデジタルには全然詳しくなかったので、メンバーと一緒に学びました。また、その過程で「各自が育ってくれれば私が細かく目標を設定し、指示を出さずとも、自分で考えてくれるようになるかな」という考えももつようになりました。こうした点も含め、人財育成を土台に置いています。

阿部:一番はデジタルに詳しいことではなく、「どこを目指し、何をしたいか」をいかに言い続けられるかだと私たちは考えています。マクニカはいわゆるテクノロジー屋ですが、これはDXに関わらず、プロジェクトを牽引する人全般に言えることだと、ロート製薬様との取り組みで学びました。また、プロジェクトメンバーの方が自社の業務プロセスを模造紙に書いて可視化したところ、その内容に感心された方もいらっしゃいました。なぜ、皆さんはそれがDX推進において価値があることだと思われたのですか?

大垣内:ロート製薬は創業124年の企業なので、すべての業務を把握している人はいないはずです。そのため、複雑に入り組んだ現状を整理したいという思いがどこかにあり、その実現に感心したのかもしれません。部署内の業務に対し、個人が何らかの工夫をすることは一般的です。その積み重ねは大事ですが、どんな価値を生み出しているかが他の人からは見えにくい。だからこそ、DX推進による業務改革をどうすればよいかや、何を変えたいのが結局分からなくなるのではないでしょうか。

「巻き込まれ力」が人を成長させる

阿部:私たちは数百件のDXプロジェクトに携わってきましたが、さまざまな経験や失敗を繰り返すなかで、プロセスの可視化が一番大事な本質だったと感じています。同時に、この図に描かれているようなことも不可欠ですね。特に、「巻き込まれることも大事」とおっしゃったのは大垣内さんだけだと思います。

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大垣内:やはり、これからは「巻き込まれ力」ですよ。私も色々なことに巻き込まれているうちに、自分の力になっているものが多くあります。特にDXなどは最初はとっつきにくいし、分からないからどうしようと不安になるはずです。私にもそういったところはありますが、人から誘われたときに素直に巻き込まれることができれば、最終的にはハッピーになれるのではないでしょうか。現代では役職問わずリーダーシップが求められますから、今後は巻き込まれ力が高い人が、本当に必要とされると思います。

阿部:自分に飛んできた球をポジティブに受け止め、血肉に変えて貢献するという心持ちは、世の中の変化が激しくなればなるほど、どんどん大事になっていきますよね。私は「巻き込まれ力」は初耳でしたが、「これだ」と思いました。ロート製薬様の業務部門ではITよりもビジネスに詳しい方が中心になり、プロセスの変更からシステム化までの一連の取り組みを、アジャイルのアプリ開発も含めてやり切っています。これはすごいことだと思っています。

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大垣内:ビジネスの知識と、それに合ったHow2つが必要ですね。どちらも自前でできれば素晴らしいのですが、当社は最初、Howが分かりませんでした。そこで、マクニカ様のサポートを得ながらビジネスに特化した人財が中心になって進めた結果、アジャイルのアプリ開発を成功させたという経緯です。現在では、コーディングやエンジニアの経験がない人も開発を行っています。周囲を巻き込み、また巻き込まれたメンバーたちには本当に感謝しています。

阿部:やりたいことが明確で、「どうやるか」から入ったからこそ、ただITを勉強して知識を積み重ねるよりも、覚えられるのが早かったのかなと。皆さん、最初はITが分からないとおっしゃっていましたが、現在ではそんなことはありませんよね。あと「誰がどのタイミングで使いたいか」「止まったときにどうするか」などの非機能要件はITだとすごくレベルの高いことだと言われているかもしれませんが、ビジネスに詳しい方からすると当たり前のことなので、対応が早かったですね。

大垣内:テクニックから入り、ビジネス構造を理解したうえで開発を行う手もあるので、どちらから入ってもよいのかなとは思います。私たちはその逆でしたが。

阿部:海外でDXを推進している企業様では、ビジネス部門による開発に重点を置くようにシフトしているので、そちらが今後のスタンダードにはなりそうですね。

大垣内:これはあくまで私の考えですが、これだけ変化の早い時代では、従来のように巨大なシステム部門がトップダウンですべてを監視し、あらゆる開発や最適化に携わることは難しいのかもしれません。事業にも大小がありますし、バリューチェーンまで横串して、1つのパッケージですべてを補えるソフトも存在しないはずです。それよりも「現場がやりたいことをどう実現するか」を中心に考えてみると、途中までは分散型で、最後のセキュリティ部分やデータ連携のような大きいところだけを担保する部分最適ができると、よりよいのではないかと思っています。

阿部:部分最適と全体最適の行ったり来たりですね。

大垣内:そうですね。全体最適だけを考えてしまうと一歩も動けなくなってしまうので、部分を作りつつ、全体のことを考えて手戻りする必要があります。

阿部:それで迷ってしまうときもありますが、そんなときこそビジョンステートメントに戻るわけですね。先ほどの「巻き込まれ」にも関わることですが、IT部門の方々も「何をやりたいかはっきりしてくれた方が協力しやすい」とおっしゃっていました。

以前、トレンドの生成AIについてディスカッションをしている最中に、社内レポート作成時間短縮の可能性や、専門用語対策の辞書機能の必要性に言及されていました。つまり、技術を使うためのフィードバックが非常に早かったということです。これはロート製薬様ならではのエピソードだと私は思っているのですが、このように技術を受け入れる素養は、どう生まれるのでしょうか。

大垣内:そういった雰囲気づくりが上手なのだと思います。「働き方改革をしましょう」「DXを推進しましょう」と、トップが期の初めなどの要所要所で発信もしてくれていますし、私も「生成AIが流行っているから、こんな便利なものを作ってみたよ」と実物を見せることがあります。「ツールを使うと働き方改革がどう変わるのか」という事例や、各自が触れるものを実際に用意したほうが、よりプロジェクトが進むだろうと私は思っています。使いたい人に使ってもらい、その人たちにアンバサダーの依頼をしたところ、巻き込まれ力の高い方がメンバーになってくれたこともありました。社内のプロジェクトも、大事なのはマーケティングなのかもしれません。

阿部:やはり心が動かなければ社員は行動に移らないし、行動しないと何も生まれないというのは、私たちも強く感じたところです。

ウェルビーイングの高みを目指す、ロート製薬の7つの宣誓

阿部:ここからはロート製薬様のバックグラウンドや、大垣内さんの考え方、取り組みなどをより詳しくうかがえればと思います。

大垣内:たとえば当社の商品で、目薬には「ロート」とついているので当社のものだと分かりやすいのですが、それ以外の化粧品などは意外と知られていないこともあります。これだけの色々な商品に加え、再生医療や食品などの事業も展開しているため、新事業発展のためには、社内DXが不可欠だと思っています。

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こちらは現在のCEOが作り、会社全体で心の拠り所にしている7つの宣誓です。特に2つ目の赤線部分が「まず人がいて」から始まっているように、この部分を中心にしたいと私たちは強く考えています。事業を創るために生きているのではなく、人を幸せにするために事業をしているのですから、よりウェルビーイングになる手段から入っていくことが大切です。そうしなければ、世界から見たときに、生産性の低い国だというイメージがいつまで経っても変わらないのではないでしょうか。

阿部:これは大事なことですし、しっかり浸透していますよね。励ましあい、協力し合える社内外の仲間との信頼の絆など、書いてあることの1つひとつがイメージできますから、皆さんの中にしっかり腹落ちしているのだと思います。では、こちらの構造図についてはいかがでしょうか。

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大垣内:こちらは、私たちが2030年に向けた経営ビジョンのスローガンとして掲げている「Connect for Well-being」を図にしたものです。ウェルビーイングな社会の実現に向けては、個人の成長と会社の成長をサイクルで回しながら共に成長していくことが、社会にとって一番よいことだろうという思いが根底にあります。

阿部:人の成長、大事ですよね。ロート製薬様では皆さん1人ひとりがプッシュザリミットしているからこそ、これが成り立っている印象を受けます。

大垣内:そうですね。そのためのチャレンジができるだけ自発的になればよいなと思いますが、機会は会社がどんどん作っていく必要がありますね。

人を動かす「5つのスイッチ」とは?

阿部:こちらの「人が動くスイッチ」の話も非常に重要だと思っています。ぜひご説明をお願いします。

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大垣内:こちらは、私が何らかのプロジェクトを推進する際に念頭に置いている、5つの要素を示したものです。人が動くときに、「○○のプロジェクトをやります。目的は○○です。いつまでに誰が、どこまでをやります。」と言っただけでは、大体うまくいきませんよね。もちろんその整理も大切ですが、途中で止まったり、うまくいかなかったりしたときに立ち戻って、このスイッチを押すことを私は考えます。必要な数は人やプロジェクトによって違い、5つ全部が必要なこともあれば、1つだけでいいこともあります。

特に初動の際はみんなが躊躇しがちなので、誰かが率先して自分の行動を変容させ、全体に広げることが大切です。それを示したのが一番上の「ロールモデル」です。左上の「頭で理解する」も同様で、やはりプロジェクトの説明を受けた際に意味があることは分かっていても、それだけでは行動を起こしにくいものです。もし「私はまだ腹落ちしていないので、できません」と言われ続けて1年以上が経ったりすると困りますよね。だからこそ、理解をしたうえで「心で納得する」ことが重要です。

仕事には競合や期限がつきものなので、スピード感も欠かせません。ときには仲間が腹落ちするのを待てないかもしれませんが、半分くらい腹落ちしてくれれば、動けることもあるはずです。そんなときには「しくみ・制度」が効力を発揮します。ここで言う報酬とは、必ずしも金銭などではなく、自分の業務が効率化されるといったメリットも含みます。また、座学だけではDXプロジェクトの実現はまずできないので、やりながら「身体で体得」することも求められます。これらが、5つのスイッチです。

阿部:スイッチの押し方にも、色々なパターンがあるのですね。「5つの要素のうち、どこが不足しているか」に立ち戻るようにすれば、プロジェクトがきっとマネジメントしやすくなるのだと思います。「心で納得する」の部分をどうするかは、デジタル化が進めば進むほど本当に大事になる気がしています。

大垣内:そうですね。取り組んでいるのはデジタルプロジェクトでも、こういった部分はアナログというか、気持ちの問題だったりしますから。ただ、これからはロジカルに話せることよりも、自分の感情を適切に表現し、うまく人に伝えられる人の方が活躍できるようになるのではないでしょうか。

阿部:私もそう思います。やりたいことをやりたいと言えて、それに共感してもらえる。みんな1人ではできないから、チームとしてケアができる人がどんどん大事になるなと、やればやるほど感じますね。

大垣内:やはり共感が大事で、その共感をさらに波及できるパワーも大事で。それって、パッションじゃないですか。そのパッションには心が関わってくるから、健康でなければいけませんし。

阿部:こちらは、スイッチの仕組みの話になります。 

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大垣内:私たちは半期に一度、「ウェルビーイングポイント」を振り返り、10段階でスコア化して、自身と向き合うという取り組みをしています。心の問題はなかなか数値化しにくいものですが、この5つならできるのではないかと。人と比べるものではないので、主語は全部「私は」になっています。もし、これが全部10点と言えるように働くことができたら、とても素晴らしいですよね。

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ほかにも「社内チャレンジワーク」「社内ダブルジョブ」「明日ニハ」といった複業や兼務、社内ベンチャー育成のような素晴らしいプロジェクトもあります。マクニカ様と一緒にやっている生産・調達のDX人材育成プロジェクトは、右にある「Local Journey」に含まれると思っています。これを推進しながら自分たちもどんどんリーダーになり、現場の課題も解決することで、一石二鳥になります。

阿部:ビジョンステートメントを通じて「どうなりたいか」のグランドデザインを描くことが、リーダーの中で大きなポイントになるのでしょうね。しかし、結局は体験と言いますか、やはり身体を動かさなければ腹落ちしないことへの理解が大事です。そして、この一連の流れを体験した人が先生になって回っていくと。

大垣内:そうですね。現在はプロジェクト3年目で、各自が異なるリーダーシップをすごく発揮してくれていると、本当に感謝しています。

阿部:皆さんが、一角(ひとかど)の先生ですよね。企業としての新陳代謝や業務改革をしていくなかでも、目の置きどころ・ロジックのポイント・テクノロジーによる解決方法・プロジェクトの回し方・人の巻き込み方など、それぞれの強みは違いますが、「それらをいかに実現するかを考えられる、共創型のリーダーなのだな」と見ていて思います。

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大垣内:一番最初は言葉の意味が分からずにミーティングの裏で調べていたメンバーが、現在ではリーダーシップを発揮して、他のメンバーを巻き込んで少しずつ形になっています。本当に大変なことだし、すごいことだと思います。

阿部:これも、DXのひとつの型なのでしょうね。ロート製薬様と一緒にプロジェクトを推進するなかで私がもっとも感じるのは、「社内・社外関係なく、ひとつの目的に対する役割でコネクトしているということです。今後も、きっとこの枠が広がっていくのでしょう。

大垣内:当社のトップは、「私たちは究極の人材育成をして、そのメンバーが外に出ていくことが究極の社会貢献だ」と言っています。しかし、退職したメンバーともちゃんと繋がっていますし、できるだけ繋がっていたいです。そしてマクニカ様とも、さまざまな価値創出ができれば、本当に嬉しく思います。社内プロジェクトもそうですが、ネットワーク効果などと言われるように、一緒に取り組む人が増えるほど指数関数的に価値が上がっていくことが、デジタル化の本当の楽しさなのかもしれませんね。

阿部:ぜひこれからも、接点を広げながら面白いことができればなと改めて思いました。