自宅が病院になる未来も? アメリカ最大級の医療カンファレンス取材で見えた、デジタルヘルス活用事例と課題
近年はテクノロジーの進化やCOVID-19で遠隔医療の普及が急速に進んだ背景もあり、デジタルヘルスという分野が大きな注目を集めています。デジタルヘルスは、情報通信技術(IT)や最新のデジタル技術(AI・ウェアラブルデバイス・VR・ビックデータ解析など)を活用し、医療やヘルスケアの効果や質を向上させると言われています。
マクニカはウェアラブルデバイスによる24時間バイタルモニタリングによる生活習慣病の取り組みなど、デジタルヘルスの事業創出にも取り組んでおり、この分野での最新鋭の情報収集に注力しています。
今回はその活動の一環として、私たちは2023年4月17日~21日にアメリカ合衆国のシカゴで開催されたHIMSS23に参加しました。
HIMSSはHealthcare Information and Management Systems Societyの略で、医療分野における情報管理やITの普及・推進および、それらを活用した医療の質の向上を目指している組織です。HIMSSは例年、教育講演と展示会を兼ね備えた、アメリカ合衆国でも最大規模のカンファレンスを開催しています。2023年は約35,000人が参加、企業展示では約1200社が出展され、会場は大変にぎわっていました。
本記事では、マクニカが教育講演で得た最新知見の概要をご紹介します。
開催会場のMcCormick Place
会場内の様子
目次
デジタルヘルスにおけるAIの活用
医療分野でもAIを適切に活用できれば、より多くの患者の命を救うことに期待がもてます。
これは医療従事者のワークフローが改善されることで、より高品質な医療が患者へ提供されると考えられているためです。その一方で、懸念点や適切な使用を促すための課題も多く提起されています。
たとえば "Responsible AI: Prioritizing Patient Safety, Privacy, and Ethical Considerations"と題されたOpening Key note(基調講演)では、医療におけるAI利用の利点、懸念点などが討論形式で活発に議論されました。
Mayo ClinicのChristopher J. Ross氏の司会のもと、Microsoft CorporationのPeter Lee氏ら有識者4名が登壇した本講演の会場には、大勢の聴衆が詰めかけました。有識者の見解に熱心に耳を傾ける姿からは、AI活用への関心の高さが改めてうかがえました。
聴講会場の様子
下記は、本講演で議論された主な内容です。
【AI活用のメリット】
■医療従事者の支援
■医学教育への活用
■医学研究への貢献
【AIの懸念】
■ブラックボックス問題
■ユースケースごとの判断精度の不十分さ
■倫理問題・訴訟リスク
【医療現場への普及にあたっての課題】
■AIの適切さの評価
以降は、各項目について補足します。
AI活用のメリット
■医療従事者の支援
医療従事者が必要な医療情報へ迅速にアクセスすることや、次にとるべきアクションをAIが提案できることなどが挙げられた。
■医学教育への活用
ジェネレーティブAI(※1)が患者の役割をして、学生をトレーニングするという新しい医学教育を検討する医学部が事例として紹介された。
※1:入力された内容から、新たな画像・音声・文章などのデータを生成できるAI。
■医学研究への貢献
AIによるデータ分析で、研究をより効率的に実施できる。
AIの懸念
■ブラックボックス問題
AIが下した診断結果の根拠や理由が不明な場合、医療従事者側が患者に対して科学的根拠を説明できず、インフォームド・コンセント(※2)の管理が困難になる。一方で、画像やテキストを入力でき、かつ流暢な言語出力ができるGPT-4のようなマルチモーダルモデル(※3)なら、診断理由を正しく把握できるのではないか」という意見も挙がっていた。
※2:医師が患者に対し、治療や臨床治験などの内容について十分な説明を行い、同意を得ること。
※3:画像・動画・音声・文章などさまざまな種類の入力情報を一度に処理できるAI技術のこと。
■ユースケースごとの判断精度の不十分さ
患者ごとに異なる健康状態や、治療状況など(ユースケース)を考慮した上で診断するAIを開発していく必要がある。
■倫理問題・訴訟リスク
ジェネレーティブAIを利用する場合、データの管理(同意なく個人情報が取得・共有されるなど)が倫理問題へと発展する可能性がある。また問題が起きた場合に誰が責任を取るのかという訴訟リスクにも触れられ、責任あるAIを作る必要性が強く訴えかけられた。
医療現場への普及にあたっての課題
■AIの適切さの評価
評価には、技術面および倫理的・人権的なリスク、ユースケースごとの正確性など幅広い問題を検討する必要があるため、データサイエンティストと医療従事者がクロスファンクショナルに対応すべきである。
上記のようなメリットや懸念点を十分に理解し、適正に活用していけば、AIは医療に大きく貢献することが期待されます。また、今後の展望に関する参考書籍としてPeter Lee氏らが著した"The AI Revolution in Medicine: GPT-4 and Beyond"が紹介されました。
医療現場でもデジタルヘルスが活躍
テクノロジーやデータの活用も、医療現場と患者の双方に利益をもたらすと期待されています。教育講演内では専門家から、さまざまな事例の成果や課題が共有されました。
たとえば、米国の医療業界での深刻な課題の一つに人員確保(recruitment / retention)があり、その解決にデジタルヘルスが活躍すると予想されています。
今回は「Virtual Nurse」の取り組み事例が紹介されました。「Virtual Nurse」は、患者のベッドサイドのスマートテレビに看護師が映し出され、遠隔で問診や指導を行うサービスです。看護師がベッドサイドでの対応ができない時でも患者のケアができるメリットがあり、患者にとっても看護師とのコンタクトが増える点が好評なようです。さらに、ベテラン看護師が新人看護師の対応を遠隔でサポートすることも可能となり、人員不足の状況改善に貢献できます。
Virtual nurseのイメージ
ほかにも、デバイスや電子カルテなどのデジタルソリューションによって患者の容態や医療従事者の業務の可視化ができるため、優先的に対応すべき患者の把握や、アラート機能を活用したエラー低減につながることが語られました。また患者のメリットとして、「Virtual Nurse」のようにリアルタイムに専門家とつながれることや、必要な時に必要な医療を受けられることも挙げられました。
一方で、現場によってテクノロジー環境がさまざまであることは課題で、トラベルナースなど一定期間ごとに職場環境が変わる人は、毎回その施設の環境やルールに慣れる必要があります。さらにシステム側の課題としては、大量のデータをリアルタイムかつ迅速に解析できる必要性が挙げられました。
デジタルヘルスが今後も発展していくことで、人員不足に悩む医療現場をサポートし、患者へ最適な時に高品質な医療を提供できることが期待されています。
ホームケアでの活用展望 自宅は新たな病院になるか?
デジタルヘルスは医療機関と自宅の架け橋となり、自宅にいる患者を遠隔管理できるようになる点でも期待されています。
今回は例として、慢性心疾患患者の遠隔管理での活用が紹介されました。心血管疾患の予防には、血圧や心拍、睡眠、血中の血糖値などさまざまなバイタルデータの取得が必要とされます。しかし、年に2回などの健康診断時の計測のみでは判断に十分ではないことが指摘されました。
最近はウェアラブルの心電図計といったデジタルデバイスの普及により、患者は自宅でさまざまなバイタルデータを取得できます。医療従事者がそのデータを活用すれば、患者の異変を遠隔で管理・診断でき、最適な時に専門機関へつなぐことが可能だと期待されています。また、遠隔管理は患者のWell-beingの維持に寄与するとも述べられました。
さらに、バイタルデータの管理方法の進化も紹介されました。
以前は各デバイスで測定されたバイタルデータが、その都度メールなどで共有されていたため、医療従事者は患者の管理のために個々のバイタルデータを全て精査しなければなりませんでした。つまり医療従事者の負担が大きく、管理できる患者の数が限られていたのです。
しかし近年では、各デバイスのデータがレポート形式で医療従事者側に届き、プラットフォームによる集約管理が可能になったそうです。また、そのデータの管理にAIを活用すると、より多くの患者を効率よくモニターし、要観察者の特定がしやすくなるとも述べられていました。
また、今後開発されていくシステムについても、さまざまな機器から得られるデータを施設レベルで一括管理できるようなモデルにしていく必要性があることが指南されていました。
データ管理の進化のイメージ
まとめ
デジタルヘルスの普及は、医療従事者側にも患者側にもさまざまな利点をもたらす一方で、まだ解決すべき課題も残されています。
本記事ではそのごく一部を紹介しましたが、デジタルヘルス最前線である米国の事例から得られる知見は、日本でのデジタルヘルスの開発・普及が進むなかでも重要なインサイトとなります。
マクニカでは今後もHIMSSなど主要な医療領域のカンファレンスに参加し、デジタルヘルスの最新のトレンドを追っていきます。
■マクニカ ヘルスケア事業 Webサイト