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イスラエルの2人の教授が語る、7.5兆円の潜在市場を持つブレインテックの将来と現在

イスラエルの2人の教授が語る、7.5兆円の潜在市場を持つブレインテックの将来と現在

イスラエルでは、最先端の技術を持ち、ユニークな発想からさまざまなソリューションを世に送り出すスタートアップ企業の設立が相次いでいます。そこで、脳科学とAIを融合し、革新的な技術を生みだしているInnerEye社から、医学博士でもあり、エルサレム・ヘブライ大学において認知神経科学の教授を務めるLeon Y. Deouell氏と、ベングリオン大学において生物医学信号処理/機械学習の研究室を率いるAmir Geva氏に、脳活動や脳波の基礎から、ブレインテックとは何か、そして脳データとAIとの親和性について解説いただきました。

目次

脳の仕組み

私たちの思考や感情、あらゆる知覚や行動は脳から生まれています。脳は、何十億もの細胞と、ニューロンと結びついたグリア細胞で構成される生体システムで、宇宙で最も複雑で高度なシステムとも言われています。ニューロンはそれぞれがスマートコンピューティングユニットであり、各ニューロンは他の数千のニューロンから情報を受け取り、データの送受信を行う巨大ネットワークを構築しています。

こうしたデータの送受信は、頭皮からの脳波で測ることができます。ニューロンは特有の形で組織化されているので、脳波のパターンを見ることで、脳内で何が起こっているのかが詳しくわかるのです。

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「脳はとても高速に活動しているため、その活動の様子を見ることもまた非常に高速で行う必要があります」(Leon教授)

例えば、一連の画像の中からスポーツカーを見つける場合、ターゲットであるスポーツカーを見たときと、ターゲットでない車(一般車)を見たときで、脳の活動の違いが瞬時に表れます。

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ブレインテックの応用領域

ブレインテックが現在応用されている領域の事例を、3つご紹介します。

<物理学、電子工学、工学>

脳を測定するためのテクノロジーとして活用されており、さらに高度な脳信号の計測が可能になりました。例えば、より強力で高速なMRI装置「fMRI」の登場によって、脳の構造だけでなく、どのように脳が活性化しているのかも、より簡単に観察、記録できるようになりました。また、近赤外線分光法(NIRS)の登場や、脳内磁場を測定するMEGはこれまで大型デバイスで冷却が必要でしたが、現在ではよりシンプルなデバイスが登場しています。

<神経及び精神疾患の診断や治療>

神経や精神疾患の診断や治療に活用されています。例えば、パーキンソン病は、脳の異常が体の動きに障害としてあらわれる病気です。そこで、脳の特定の位置に電極を埋め込み、ペースメーカーで刺激を与えることで、自由自在に体を動かせるようになるのです。また、脳に電極を入れることなく、頭蓋骨に電流や磁場を流すことで脳に影響を与えるテクノロジーも研究されています。

<医療分野以外>

例えば、自動車の運転中や航空機の操縦中に、目の前のタスクに集中できているか、集中できてない場合は休息をとらせるか、それとも環境そのものを変えるべきかなど、脳の測定によってさまざまな判断を可能にします。

「将来的には、脳から直接伝えられる別の種類の感覚、いわば第六感のようなものが得られるかもしれません」(Leon教授)

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ブレインテックの活用は、仕事だけでなく家庭でも役立つものとなるでしょう。例えば、ゲーム利用や室内環境の管理、飛行機を操縦するパイロットや自動車の運転手、そして放射線技師などのサポート、さらには工場や空港の検査など、さまざまにブレインテックを応用できます。

「少し前までは、ブレインテックというとSFや遠い未来の話のように聞こえていました。しかし、事実としてテクノロジーはこの数年で急速な進化を遂げたのです」(Leon教授)

例えば、EEG(脳波)を計測するウェアラブルデバイスも、かつては診療所や研究所で使われていたような複雑な機器しかありませんでしたが、いまではヘッドホンのような見た目のデバイスなど、より快適で使いやすいものに変化しました。さらに、これらのデバイスは個人がインターネットで購入できるようになっています。

分析技術もあわせて急速な進歩を続けており、計測したEEGをクラウドにアップロードして分析し、スマートフォンで受け取るようなテクノロジーもすでに存在しています。このように、今後ブレインテックはさらに私たちにとって身近なものとなることでしょう。

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AIテクノロジーによるブレインテックの進化

脳における人間の知性の理解とコンピューターのAIの理解は、長年に密接に連携しています。 例えば、モノを認識するとき、まず脳で聴覚や視覚を通じて状況を理解し、最適な行動を計画したうえで処理します。AIでも脳の処理と同じようなことをしようとしています。これを実現するためには、まず神経科学者が、ニューラルネットワーク(脳内の神経細胞(ニューロン)のネットワーク構造を模した数学モデル)を組み立て、それを使いAIエンジニアが人工的なニューラルネットワークとディープニューラルネットワークを構築するためのアルゴリズムを生み出します。逆に、AIエンジニアがすばらしい解決策を神経科学者に提案することもあるでしょう。

「現在は、脳がどのように計算し、解を見つけ出そうとしているかについて理解が進んでおり、このトレンドが再び注目されています」(Amir教授)

人工ニューラルネットワークと脳はかなり似たようなことを行っています。脳で処理する場合は、網膜で物体を見るのですが、その認識する部位がすでに解明されています。ニュートラルネットワークの場合は、視覚を司るディープニューラルネットワークが物体を認識します。

「脳には多くのトップダウンのつながりがあり、盛んにフィードバックが行われます。これが、脳とニューラルネットワークの違いだと考えています。人間は高い知性を通じて、視覚系の層で処理をコントロールしています。コンピューターでも同じことをしようとしていますがまだ十分ではありません。それは、ネットワークを安定させることが困難だからです。しかしコンピューターにも、一貫性と高速処理という優位性があります。

ブレインテックでは、脳とコンピューターという2つの賢いシステムを比較するだけでなく、どちらも活用しています。機械学習やディープニューラルネットワークを利用して脳を模倣するだけでなく、生物医学データの分析を行ったり、高度なディープニューラルネットワークでEEG分析を行ったりしています。InnerEye社では、これらを非常に高度なレベルで実現していると自負しています」(Amir教授)

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ブレインテックとAIの統合が社会にもたらすもの

脳は視覚において非常に優れており、膨大な数があるニューロンの半分以上は視覚システムの処理に費やされています。例えば、物体を見ているときは視覚システムでそれを分析し、その後、意思決定したり、運動機能を動かしたり、言葉を発したりします。

「ブレインテックでは、視覚システムの後にくる運動系や意思決定といった比較的遅い反応を省略できます。つまり、視覚システムから情報を直接受け取り、その後ブレインテックで低速な反応時間を省略し、ディープニューラルネットワークで脳波を分析するのです」(Amir教授)

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このように人間のニューラルネットワークと人工ニューラルネットワークの統合により、コンピュータビジョンや人工ニューラルネットワークだけで処理するよりもはるかに優れた結果が得られます。

実際にInnerEye社では、空港や運転シミュレーター、検査やマーケティングなどのさまざまなビジネスシーンで、人間のニューラルネットワークと人工ニューラルネットワークの統合を実用化しています。ほかにも、さまざまなタスクで脳の活動を計測することで、相手が会話に集中しているかどうかを調べたり、運転中や日常生活の中で集中力やタスクへの注意力、そして疲労度などを確認したりと、さまざまな分野への活用も期待されています。つまり、ブレインテックと人工知能の双方を活用して社会にさまざまなメリットをもたらすことができるのです。

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「ブレインテックのさらなる進化により、医療やリハビリテーションの変革が加速することでしょう。例えば、外骨型デバイス(人工装具)を脳から直接制御できるようになり、身体機能に障害を持つ患者が自立して運動できるようになるかもしれません。また、日常生活へのブレインテックも期待されており、特にメタバースへの関心が高まっています。アバター同士のコミュニケーションにおいて、脳から直接、意思や知覚、感情を読み取ることで、意思疎通が容易になるかもしれません。

心を読み取れるようになるのはまだまだ先の世界の話ですが、その段階までなってくると、プライバシーや自律性など解決すべき倫理上の問題が数多く出てくるのも事実です。ブレインテックは社会にとって非常に有益であることは明らかですが、それと同時に解決すべき課題もあるのです」(Leon教授)

「ブレインテックがさらなる進化を遂げて、生活の中でさまざまな能力が強化されることを願っています。もしかしたら、人間のデジタルツインを作成して有効活用できるようになるかもしれません。人間の脳とAIを統合することで、より優れた生活やエンターテインメント、長寿が実現できるのです。家庭でも仕事でも、あらゆる人の日常生活を劇的に進化させることでしょう」(Amir教授)

脳を理解し、ブレインテックを活用することで、より良い暮らしを実現していけるのではないでしょうか。