世界から見るスマートファクトリーの未来像 ~幸せと競争力のステキな関係~
企業がDXを進めるうえで重要になるのは、テクノロジーをいかに活用するのかという視点よりも、何をするのか、どういう課題を解決するのかという、背景にある社会課題に向き合うことです。そして、いかに社員が幸せに働けるのかというウェルビーングを意識することが、製造業においてグローバル競争力を上げていくことにつながります。そんなウェルビーングをテーマに、製造DXの本質について迫ります。
目次
- 建設業界から学ぶ製造DXの世界
- "設計者""エンジニア"がプロジェクト停滞の一因にも
- 守備範囲を限定しない!DXに必要な人材のあるべき姿
- 一緒に作り上げる共創の姿勢、人材にもシステムに当てはまる
- 海外の工場で成果を上げる、従業員満足度を向上させるデザインの力
建設業界から学ぶ製造DXの世界
あらゆる業界でDX推進が大きな潮流となっていますが、効率化や自動化が強力に進められてきた製造業においても例外ではありません。IoTやAIを駆使してデジタル化を進めていくことでアナログ作業が多い現場の業務効率化を図り、データを駆使して新たな価値創造につなげていくためのDXに取り組んでいる製造業は多いことでしょう。この製造DXを進めるなかで、デジタル技術などのテクノロジー面に注目されることが多く見られますが、実は建設業界における取り組みから多くのヒントを得ることができます。
建築の世界は、企業にとって多額の投資が強いられるファシリティーがその中心となりますが、うまくプロジェクトが自社でコントロールできる企業は少ないのが現実です。「全社最適の投資判断をしたいものの、優先順位をつける基準がなく、メンテナンスは可能なものの将来を見据えた投資提案できる人財がいない、既存施設をうまく有効活用したい、管理や生産など企業活動に適したファシリティーが定義できていないといった課題が多く見られます」とファシリティーに関わるコンサルティングや映像コンテンツやバーチャル世界の設計なども手掛けている株式会社プランテック 代表取締役社長 小山 直行氏は説明します。
DX推進を図っている多くの企業が取り組んでいるシステム導入においても、建築業界が抱える課題と同様のことが言えるとマクニカで製造DXに関連したエグゼクティブコンサルタントを務める阿部 幸太は力説します。「大きな潮流となっているDXは、イメージするものが人によって異なっていることで、DXをより難しくしてしまっている傾向にあります。DXの目標をどこに置くのかということを究極的に考えていくと、つまりは個別最適から全体最適を目指すことだと捉えられます」。
"設計者" "エンジニア" がプロジェクト停滞の一因にも
前述した通り、ファシリティーの課題はいろいろあるものの、その原因の1つは設計者にあると小山氏は指摘します。設計者は建設のデザインを志望して設計者になる人が多く、自分が作りたいものを施主のお金で作りたいと内心考えている人が少なくない面も。本来の目的はクライアントである施主のニーズをかなえることですが、それがおろそかになってしまうこともあるのが現実です。
IT業界においても同様で、自分が使ってほしいテクノロジーを優先してしまうエンジニアが一定数存在しており、顧客の課題や社会課題の解決につなげていける最適なテクノロジーが選択できているわけではないと阿部は語ります。
建築家として40年以上のキャリアを持つ株式会社プランテック デザインプリンシパルの横谷 英之氏も、自身の経験を語ります。「建築は非常に裾野の広い産業で、設計者がどの範囲までやるのかは国や地域ごとにも異なります。確かにデザイン重視の学びで育ってくるものの、いつかその限界を感じるものです。その後経験を積むなかで徐々に興味が広がっていき、ソリューションとして仕事の範囲を広げて行くことが大切です」。
建設業界における設計者の役割は、製造DXを顧客に提案して構築していくエンジニアにも当てはまることが少なくないのです。
守備範囲を限定しない!DXに必要な人材のあるべき姿
人材という視点では、単に設計者やエンジニアだけの問題ではありません。実際の現場では、仕事が細分化されたことによって効率は上がったものの、全体課題を解決できる人材が減っているのが現実です。分業が進んだことで、プロジェクトマネジメントや設計、施工それぞれの専門家が存在してくることになりますが、顧客からすると全体を管理した上で最適解を提示してくれるプロデューサーが求められています。
「我々の強みは、しっかりとした企画を軸に仕事を進めていくことです。社内でできないことは外部パートナーと協業しながら、施主の課題に対するソリューションを提供するスタンスで、プロジェクトをプロデュースすることが重要だと考えています」と小山氏。
施主からすれば、建物そのものを作りたいわけではなく、何かしらの機能が必要で、それに必要な環境として工場やオフィスなどが存在しています。確かに、建物を作る施工者はきちんとした図面と予算が確保できればモノづくりは可能です。ただし、設計はその顧客と施工の間の全てに関わってくるため、顧客の希望や予算、法的な制約も含めた現状をきちんと把握したうえで企画していく力が何よりも重要です。
「企画段階で、必要なソリューションが建築ではない場合も当然出てきます。その課題であればITに投資すべきだという提案も行っていますし、新築でなくても既存の改修で済みますという提案も。そこでようやく、必要な機能やオペレーションも踏まえながら最適なファシリティーの設計に入っていく、それまでがセットだというのが我々の考えです。設計者だからここまでしかやりませんというスタンスではありません」と小山氏は力説します。
本来であれば得意分野に範囲を絞った方がビジネスとして効率がいいことは間違いありませんが、顧客や社会が抱える課題を解決していくためには、守備範囲を限定せずに実行していくことが大事になってきます。まさにITの領域おいても同様のことが言えるのです。
一緒に作り上げる共創の姿勢、人材にもシステムに当てはまる
また重要になってくるのが、顧客やパートナーと一緒にものを作っていくという姿勢です。建築のプロであって顧客の事業に詳しいわけではないため、顧客とともに作り上げていく、社内で解決できないことは周りのパートナーとも手を携えてソリューションを提供していくことが何より大切なことです。
「設計者自身だけで仕事が関係するわけではありません。施工会社や職人など多くの方にイメージを共有して、最終的な成果に結びつけていくことがデザインの役割です」と横谷氏は語ります。IT業界でも同じような環境が求められずはずで、デザインコンセプトがないとソリューションが育ちづらく、改修するときにも難しくなってくるのではと指摘します。
一緒にモノづくりを進めていく際に役立つのが、専門性を2つ以上持っておくことだと小山氏。「お互い専門性が重なる部分がないと共通言語としてすり合わせることが難しい。互いが重なっていけるドミノのように、1つの専門性だけにとどまることなく学びを広げていくことが大事です」と語ります。企業の境界線もますます曖昧になっていくなか、専門性を広げて一緒に作り上げていくことが、これからの人材のあるべき姿に通ずる考え方になってくるはずです。
一緒に作り上げていくという考え方は人材視点でもうなずけるものですが、システム面でも疎結合が大きなトレンドとなっており、外部の仕組みも含めた新しいものを次々とつなげて一緒に作り上げていくような環境づくりが製造DXにおいても重要になってきます。
「疎結合で組み合わせていったシステムやテクノロジーを社会全体で享受しながら、そこで効率化したもののうえで自分たちの付加価値を出すべき部分を個別に作り上げていく。この考え方がアーキテクチャのトレンドになってきています」と阿部は現状を概観しています。
海外の工場で成果を上げる、従業員満足度を向上させるデザインの力
昨今製造業のDX事情においては、海外の工場において目指す要素の1つとして、従業員満足度や幸福という要素が大きくなってきている状況があると小山氏は言及します。
「工場においては、ラインの配置やオペレーション、在庫などさまざまな観点から生産の効率化を徹底していく必要はありますが、単純に効率化すればいいというわけでもありません。従業員がいてこその製造業であり、満足度を向上させることが、実は生産効率に大きく寄与する部分も少なくないのです」。
同社が手掛けた実例を紹介すると、工場で働く人が利用する食堂では、1時間しかない貴重な休憩時間だからこそ5分以内に自分がオーダーした食事を手に入れることができるよう、オペレーションおよび動線まで詳細にデザインした海外の工場があります。最適な食堂をデザインしたことで、結果として離職率が5分の1にまで大幅に低下したという驚きの効果も。また、日本が誇るモノづくりの品質を体感してもらうべく"寝ることができる"トイレを提案し、海外の工場に導入した例もあります。
「実際に寝るわけではないものの、寝そべることができるぐらいの綺麗なトイレを設置したところ、身だしなみを整えてからトイレから戻る人が増えたのです。日本の製造業として求めている品質がどういうものなのかが体感できるようになり、品質向上に貢献していると工場長からご評価いただいています」と小山氏。
かつて本社ビルに多くの投資を行ってきた日本企業も、米国主導で実施されてきた会計のオープン化などによってポートフォリオ上の重荷になり、処分するような傾向となっています。加えて、働く環境がリモートになったことで、オフィスに対するロイヤリティは低下しているのが現状です。
「製造業であれば、製造現場や研究開発センターなどがより重視されるようになり、そこに集まる人のコミュニケーションやそこで得られる成果が企業の将来が決まってくると考えられてきています。デザインの力はグループの象徴である共通のイメージを作り上げるわけですが、製造業であれば工場に企業が目指す質が求められるようになってきています」と横谷氏。
海外ではナイキをはじめとした多くの製造業、そしてシリコンバレーを中心としたIT企業は、いかに楽しく仕事ができるかという従業員の満足度、ウェルビーングの視点で工場やオフィスを作り上げているのが今の大きなトレンドとなっている点にも言及します。
「製造業では、工場において従業員の満足度を向上させていくようなデザインがこれまで以上に求められてきています。ただし、オフィスを軽んじているわけではなく、オフィスは都心の共有財産としてしっかり作り上げていき、舞台としてその時代にステージに立つ多くの企業が快適に利用できる空間としてのデザインが求められるのです」と横谷氏。
システムについても同様の考え方が当てはまる部分があるはずだと小山氏は語ります。「電子契約や名刺管理の仕組みなどが入り口となって、他社とつながっていくような環境が広がってきており、それが業務の効率化につながることも多いはず。一方で、単に1つの業務が効率化するだけではなく、例えば勤怠管理のような日常的に使うツールを洗練させていくことで従業満足度が向上することにつなげていくような試みも重要になってくるのではないでしょうか」。
システムを導入しても使う人が喜ばないと使われないものになってしまうケースも少なくないなか、人が使い続けることでシステムがアップデートされていく、手が離れた後にも成長していくというデザインを持ったシステムが、人が幸せに働くことができる理想的な環境づくりにかかせないものとなってくるはずです。